セリスはただ、呆れ返るしかなかった。
それは、今に始まったことではないのだけれど。





Hungry-Man
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町の喧騒が昼のものから夜のそれへと変わり始め、家々にいくつも明かりがつき始めた頃。
今日の分の仕事も片付き、ロックとセリスは宿の食堂で盛んに飲み食いしていた。
否、ロック一人の旺盛な食欲に、セリスの手は止まったままだった。
注文した時点で多すぎやしないかとセリスが気を揉んだのもとんだ杞憂で、
次々と運ばれてくる皿は次々と空になって積み上げられていく。


口からクレソンがはみ出ているのも構わず骨付き肉にかぶり付き、
脂をねぶった指はそのまま厚切りベーコンを挟んだバゲットに伸ばされ、
うっかり放り込んだ揚げたての芋の熱さに慌ててジョッキのエールを流し込むと、
店自慢のひよこ豆のスープを懲りずにはふはふ言いながら椀ごと啜る。


正直、褒められた食べ方ではない。
エドガー辺りがいたら間違いなく小言の一つ二つ飛んでくるところだ。

ただこの健康的な食欲は作り手にはこの上ない賛辞となっているようで、
にこにこ顔の年配の給仕が置いて行ったさっきの料理は注文した覚えがない。
思わずもう一皿薦めたくなるような、そんな食べっぷりだった。


「ん?」

視線を感じてロックが皿から顔を上げると、セリスも無意識に自分の皿を差し出していた。

「これも食べる?」

ロックは笑顔で手を差し出し…ふと曖昧な顔をして引っ込める。

「?」

そこで、セリスは頼んだソテーに茸が入っていたのをようやく思い出したのだった。



「なんだよ、笑うなよ」

部屋に戻ってもまだ忍び笑いの止まらないセリスに、ロックも少々口をとがらせた。

「だって、ただ食べてるだけみたいなのに茸だけはちゃんと見てるんだもの」
「あのな、俺は腹が膨れればいいって人種じゃないんだぞ」
「違うわ、感心してるの。ロックって本当においしそうに食べるなと思って」

知り合った初めからずっとそうだった。
フィガロ城での宴席でも、街の露店でも、野外で広げる非常食も、
ロックはいつだって美味そうに口に運び、綺麗に平らげていた。


「お前なあ、飯が食えるのはありがたいんだぞ。
 トレジャーハンターは次の飯がきちんと食える保証なんてどこにもないから、
 食える時にしっかり味わって食っておく。それだけだ」


しみじみ語られるロックなりの信条に、セリスは微笑して頷いた。

共に旅をするようになってしばらくは、その振る舞いはひどく粗野に見え、
エドガー共々眉を顰めることも多かったのだが、
何度となく離れるたびに、ロックとの食事時に灯る不思議な明るさを
意識するようになっていった。


そして今、仲間たちと離れ二人きりになってもそれは変わらない。
見ているこちらにまで食欲を促すような、すがすがしい食べっぷり。

ロックと囲む卓は、にぎやかで、楽しい。



「だからこそよね。何でダメなのかしら」
「そんなに俺に嫌いなものの話をさせたいのかよ」
「だって、そこまで嫌うのって茸だけじゃない」
「…じゃあ教えてやるよ。なんでそうなったか」
「ええ、聞きたい。待って、今お茶淹れる――」

ストーブの上で沸き立つケトルに手を伸ばしかけたセリスは、
最後まで言葉を紡ぐことは叶わなかった。

ロックが、背後から抱きしめてセリスの耳を食んだからだ。



「その前にさ、俺の好物の話してからでもいい?」



彼のdinnerは、まだまだ続く。





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■Hungry-man■

オチのための壮大な前フリのような話。
セリス視点と見せかけてとにかくロックにガツガツさせてみた。

食事風景は小説版DQ5の幼少時代を思い出しながら書きました。
食いモンは成年向けになってしまったけどな…!

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