俺のナイフでは役に立たぬ
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「ロック、どうしたの?」


風に当たろうとファルコンの甲板に出てきたところで、
セリスはロックが手摺に両肘をついて考え込んでいるような姿勢でいるのを見つけた。
鼻先で何かがきらりと光を反射している。

「んー?身だしなみ」

気心の知れた仲の気やすさで、ロックはセリスの方を見ずに答えた。
のんびりとした口調とは裏腹に眼差しは真剣そのもので、
伸び放題だった前髪をナイフで器用にそぎ落としている。

切られたブルネットの髪はつまんでいた指を開くだけで風に飛ばされ、
たちまち空に吸い込まれていった。

なんとも贅沢な散髪風景である。

「ロックでもそういうこと気にするのね」
「何言ってるんだよ。俺はこだわる方だぜ」
「そうだったっけ」

さっきから姿を見ないと思ったが、ずっとそうしていたらしく襟足のあたりもさっぱりしている。
手慣れたものだ。


セリスも手摺に肘をつき、組んだ両手に頬を乗せてそんなロックの様子をただ眺めた。
互いに何を話すでもなく、時間はゆるやかに流れ、
ファルコンの規則正しいエンジン音だけが二人の間を優しく通り過ぎていく。



しばらくしてロックはシャツの裾でナイフを拭うと、鏡代わりにして具合を確かめた。

「よしっ、終わり」

ようやくセリスの方を向いて歯を見せる。

「本当になんでもできるのね」
「ふん、尊敬してくれていいんだぜ」
「ナイフの話よ」

確かにナイフ一本があればロックは大抵の事はやってのける。
戦闘や調理、ハントから野宿の設営まで。
剣といえば振り回すしかできないセリスには、
ロックのその発想に至る頭の回転と実際に使いこなす器用さは称賛に値する。

もっとも、調子に乗るから本人には言わないけれど。

つれない返事にロックはナイフを懐にしまうと、大げさに肩をすくめて見せた。

「ま、これがあってもどうしようもできないことはあるけどな」
「何?」
「・・・お前」

不意に胸元に指を真っすぐ突きつけられ、セリスは突然の内容に言葉を失ってしまう。
大真面目な眼差しで見上げるように瞳を覗き込んできたロックは、
そのあっけに取られた顔をしっかり確かめるとけらけらと軽快に笑った。

笑うべきか怒るべきか、セリスは脱力して大きくため息をついた。

「それ、エドガーに教わったの?」
「バカ言え!俺はロマンチストなんだよ」
「エドガーもロマンチストもそんな風に照れながら言わないわよ」
「う、うるせえ」

赤らめた耳を見逃さなかったセリスの指摘に少なからずうろたえて、
ロックは照れ隠しにセリスの頬を手のひらでごしごしと揉んだ。


「お前だって真っ赤じゃないか」
「ロックが急にそんなこと言うから!」

赤い、赤くないと譲らぬ言い合いの末、
そのあまりのくだらなさに気が付いた二人は額を突き合わせて吹き出した。



そんななんでもない午後の空気が、二人にはあまりにも愛おしくて。

ロックとセリスはどちらからともなくそっとキスを交わした。


どれだけ研ぎ澄まされたナイフといえども、このひと時を断ち切れるものは、
おそらく、どこにも。





その後。メンバー内の一部で

「どうしようもできないことがある。お前」

と言って真面目な顔で指を突きつけるロマンチストごっこがしばらく流行ったが、
それは幸いにもセリスの耳までは届かなかった。





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■俺のナイフでは役に立たぬ■

日常シーンを描こうと思ったらあまりのクサさに耐えきれなくて
オチをつけたらようやくバランスが取れました。
恐るべきは刃物より傍観者。
タイトル、どこかで聞いたフレーズのような気がしていましたが
あれだ、ONE PIECEの何話か忘れたけど「死人は役に立たぬ」だ。
すごくインパクトがあったのを覚えています。

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