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こんな日は風まかせに
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「さあ、食べましょ!」


うきうきと弾む声に、しかしロックは苛立っていた。

「どうしたの?ほら、これで手を拭いて」



コーリンゲンの森を北に望む、小高い丘。

日は高く、風も柔らかく、天気はこんなに穏やかだというのに
ロックの機嫌はいよいよ悪くなった。
こんな日はどこかから失敬した林檎でもかじりながら木陰で昼寝でもできれば
それは素晴らしい一日でいられるだろうに、
さっきから隣で騒ぎ立てる女の声がチィチィとやかましい。

今日だけならまだいい。昨日もだ。一昨日もだ、その前もだ。

女の名前は確かレイチェルといった。

数日前に地図にある遺跡を確かめる拠点にと村を訪れ、
ある日たまたま風で飛ばされてきたリボンを拾ってやってからというもの
何を気に入ったのか理由をつけては自分にまとわりついてくる。
辺境のコーリンゲンでは娯楽らしい娯楽もないだろうから、
自分のような旅人の話はそれだけで面白いのかもしれないけれど。


それにしても。

「どうぞ、召し上がれ」

馴れ馴れしい。



「トマトは今朝畑で採ってきたばかりなの。うちのトマト、結構評判なのよ」

レイチェルはロックのことなどお構い無しにバスケットを広げて
サンドイッチを押し付けてきた。
人に関わりたくなくて用のないときはこうして村はずれに来ているというのに
これでは意味がないではないか。

しかもこの女、自分を基準に二人分を用意しているせいで
食べ盛りのロックにはとてもではないが満足のいく量ではない。
とはいっても金を使わずに食事ができるのは助かるので
そのへんは妥協して甘んじているのだが。



何がいけなかったのか。


指に付いた卵のペーストを舐めながら、ロックは内心頭を抱えた。

たまの旅人へのもの珍しさに興味をもたれてしまったのは仕方ない。
そこから冒険の話をあれこれ問われ、好意的に聞かれるのは
まあ悪い気もしなかったので少しだけ聞かせてやった、それも仕方ない。

ハントの話をしているうちに調子に乗せられ、
せがまれるままについつい秘蔵の宝を一つ見せてしまった……あの辺りか。


ため息とともにむっつりと黙りこくるロックに気が付いているのかいないのか、
レイチェルは意にも介さず話し続ける。


「ねえ、今度うちにいらっしゃいよ。
 泊めてあげられるかはちょっとわからないけれど、
 一緒に食事でもしましょう」


気楽なものだ。
これだけ箱入りな娘を育てた両親だ、傍目に浮浪児のような自分を見たら
どんな顔をするかは想像しなくてもわかる。


「やなこった。誰が行くか」
「そんなこと言わないで。村の中、まだそんなに知らないでしょう。
 案内してあげるわ」


よそ者の自分が興味以外の視線で見られているのもわかっているのか。
止まらぬおせっかいに、収まりかけていた苛立ちは野蛮なギラつきに姿を変える。
何を企んでるいるかは知らないが、
こいつが憐れみや高慢で自分に近づいているんだったら。

「それなら村の―」

「いい加減にしろよっ」

ロックはついに声を荒げた。

「森の奥に連れ込んで、その服ひん剥くぞ!」
「…!!

さあ、どうする。
少なくともこれぐらい脅かしておけば、しばらくは近づいてこないだろう。



レイチェルはつぶらな瞳を驚愕に見開いて一歩後ずさると、
ロックのことを頭から足先までじろじろと眺めては心底不思議そうに首を傾げた。


「ロックって、そういうことする人なの?」



…………

「…しねえよ」

調子が狂う。



「ほら、やっぱり」

何がやっぱりなのか、レイチェルはころころと笑う。
ロックは完璧に出鼻をくじかれ、せめてもの抵抗としてぶつくさ文句をあげつらった。

「大体、あんな紙切れみてえな小っちぇえサンドイッチ食わされたって
 腹の足しになるかっつうの」


すると、レイチェルの瞳がぱっと輝いた。


「あ、言ってくれた!」
「…ぁあ?」
「ロックったら、お弁当食べても何も言ってくれないんですもの。
 そりゃ、料理の腕はママに比べたらまだまだだけど、
 もしかしたらおいしくないのかなって自信なくしかけてたのよ。
 そう、あれぐらいだとロックは足りないのね。じゃあ明日はもっと作ってくるから!
 今日は帰るわ、またね」


…なんなんだ、この女は。
さすがのロックもお手上げだった。


ロックは頭をぐちゃぐちゃに掻き毟ると、

「…おい、レイチェル!」

去りかける背中に乱暴に呼びかける。

怪訝そうに――わずかに不安の眼差しで振り返るレイチェルに、
ロックは呼び止めておきながら言うべきかどうかものすごく迷った末、
ぎくしゃくと口を開いた。




「…きっ…昨日のチキンが挟まってたやつ!…あ、あれがいい。…あと、トマト」



レイチェルは一瞬ぽかんと立ちすくむと、ややあって大輪の花のように笑う。

「わかったわ!じゃあ、また明日ね」

そう言って、レイチェルは子ウサギのように軽やかに駆けていった。





「…また明日、か」

村の方角を臨み、いつの間にか彼女に振っていた右手をじっと見つめる。
誰かとただ会うためだけに、そんな約束したことあっただろうか。
苛立ちでない別の何かが風となって吹き抜ける。

何気なく踏み出した足の裏に違和感を覚えて視線を落とすと、
レースのハンカチが落ちていた。


(全く、落ち着かない奴だ)

やれやれと摘み上げて一度ポケットにねじ込んでから、
ふと思い立ってそれを広げてみる。

この中に何か綺麗なものを入れてやったら、あいつ広げた時にどんな顔するのかな?
おもむろに辺りを見渡してみる。
花。明日までにしおれてしまう。
木の実。さすがにそれで喜ぶほど子供じゃないだろう。
自分のコレクション。―いやいや、誰があんな女に。


(…あった!)

ロックは、はっと顔を上げ荷物を掴むと西へ駆け出した。
少し行けば、海がある。集落近くの波打ち際なら、
ガラスのかけらの、波に洗われて丸くなったやつが
宝石みたいにぴかぴか光って落ちているかもしれない。


幸い、日没までまだある。

こんな日は風まかせにくだらないトレジャーハントをするのも悪くない。

ロックはあいつがやかましいから、と自分に言い訳していたが、
その口元がささやかな歓喜に綻んでいたことは気付いていなかった。





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■こんな日は風まかせに■

初めて書いたロック×レイチェルです。
出会った頃ロック16〜17といったところでしょうか。
その頃はおそらく品性を求めるのは到底無理(by王様)な生活だったと
思うので、原作よりもちょっととんがった感じにしてみました。

レイチェルがなんでそんなに作中ロックに興味津々になったのかは…謎。


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