視界に飛び込んできた深く澄み渡る青に、セリスは同じ色の瞳を見開いた。

コーリンゲンからジドールに続く街道の、爽やかな風の吹き抜ける平原。
その真ん中でセリスは四肢を伸ばして静かに横たわっていた。
背はしっかりと地面についているのに、
空に放り出されてしまったような不思議な感覚。
セリスははっとして瞳を閉じると意識を研ぎ澄ませた。

萌え始めた若葉の瑞々しい香り。
陽を浴びた大地のふっくらしたぬくもり。
日々温みゆく薫風の森や草原を駆け抜ける足音。

五感全てに自然の気配が降り注ぐ。

眠りに落ちる時といえば冷たいシーツに小さくくるまって
恐ろしく正確な時計の針の音を数えるばかりだったセリスには
気温だけではない、戸惑うほどのあたたかさだった。

(…こんな中で眠っていたの、あの人)




薫風
――――――――――――――――――――――――



少し前。

「セリスもどうだ?」
「何を?」
「昼寝」

昼食後、つかの間の休憩時間。
水を汲みに行った仲間達を見送りロックは裸足になると
ベッドでするようにくつろいだ様子で地面にごろりと寝転がった。

「昨日の疲れが取れていないの?大丈夫?」
「違う違う。今日は久しぶりにいい天気だから」

心配をよそにのんびりとしたロックの答えにセリスは眉を顰めた。
確かに徒歩の旅人達には袖を捲りたくなるくらいの陽気だが
天気がいいから昼寝をするという感覚はいまいち理解し難い。
疲労とは睡眠回復、あるいは自分の世界にとじ閉じこもる手段でしか
なかったからだ。
しかもこんな、ただの平原で。

「わっかんないかなー、この贅沢が。まあいいや、隣空けとくぜ」

反応の薄いセリスに軽口を投げ、
ロックはバンダナをブラインド代わりに下ろすと早々に寝息を立てた。

(贅沢…?)

彼の考えに共感する気はなかったが、その誰が見ても幸福の極みのような寝顔に
一抹の面白く無さが胸に雲をかける。

別に羨ましいわけでは、ない。

が、次第に半開きになっていく口元を遠巻きに見つめているうちに
セリスはむずむずしてやがてそそくさと腰を下ろした。
かなり離れたところで。

(…ちょっとだけ)

はじめこそいつものように丸くなっていたが、
前髪をくすぐる日差しに促されるように
思いきってロックの真似をして大の字になってみる。



途端に、空の青が降ってきた。



どれぐらいそうしていただろう。
うっかりすると風と共に意識も流れていってしまいそうで、
セリスは慌てて起き上がった。
これでロックに「ほら見ろ」とばかりにからかわれるのは大変に癪なこと。
首を伸ばしてまだロックが夢の中にいるのを確かめ、無意味に安堵する。

セリスは先程の会話を思い巡らせた。
旅を続ける中でロックという人間をより理解したというよりは
正直余計わからなくなった部分がある。
しかし彼の、楽しいことに笑い悲しいことを嘆くありのままで真っ直ぐなこころは
この広大な自然を友として渡り歩いてきたことで育まれてきたのだろうと、
それだけはわかったような気がした。

ふと、さっきの冗談が脳裏に浮かび、
隣り合って寝そべり雲を数え鳥の名を訪ねる自分の姿を思い描いてみる。

(…私も馬鹿なことを考えるようになった)

自分でも信じられないイメージにセリスは首を振ったが、
それは少しも不快ではなく、
むしろほの甘い灯となって彼女の胸に明かりを燈した。



揺れた雑草の葉先に頬をつつかれ、ロックは目を覚ました。
汗ばんだ胸元を仰ぎながら視線を這わせると
セリスが少し離れたところで素振りをしているのが見えた。

(…ま、いるわけないか)

近くに自分以外の人の寝ころんだ形跡もなく、
冗談半分の誘いには乗ってくれなかったことにロックは自嘲気味に苦笑した。

(誰に隣にいてほしかったんだ、俺は)

目覚めの儚い願いに微笑んで欲しかったのは過去の面影か、それとも。

(…俺も馬鹿なことを考えるようになった)

止めたままの時計が再び軋みだす音に気付かないふりをしながら
ロックは立ち上がった。



「…ん?」

目を凝らして、ツンと向けたままのセリスの背中に視線が止まる。
あんなに汚れなんかついていたっけか。
よくよく見れば汚れは土の黒ずみ、周りには小さな葉や枯れ草。

「おーいセリス、それ…」
「やっと起きたの。あなたって本当にどこでも眠れるのね」

近づいた気配に敏感に振り返り、セリスはいやに早口で言葉を被せてきた。

「なあ、お前、寝てみた?」
「…何故?あなたの平和そうな寝顔を見たら却って覚めてしまったわ」
「別に昼寝しなくてもさ。今日は空を眺めるだけでも気持ちいいぜ」
「私、そういうのにあまり興味ないから」

素っ気ない相槌を打つと、セリスは見られたくないかのように
背を向けてまた素振りに戻った。
当然向けられた背には払い損ねた草葉。
どこでそうしていたかは知らないが、
ちょっとやそっとの時間ではあんなにつかないだろうに。

思わず吹き出しかける口元を慌てて抑える。

「あーもったいない、お前本当にもったいない」

ロックは独り言のように呟くとどっかりと腰を下ろしてバンダナを巻き直した。

(ったく素直じゃねえなぁ。綺麗な服でも着せたら可愛げの一つも出るのかな。
 ジドールに着いたらちょっと探してみるか)

急遽できた予定に頬を緩めながら
ロックは頬杖をつくと上機嫌でセリスの後ろ姿を眺めた。

風が新しい季節の香りを乗せて、二人の間をふわりと駆け抜けていった。





――――――――――――――――――――――――

■薫風■

「野原で昼寝」がテーマでした。
コーリンゲンからの長距離移動は二人にとって色々と
考える時間があったのではと思います。ロックはこれから長いモヤモヤタイムに
突入するわけですが、セリスは、個人的には助けられたから片思いど真ん中
って感じではないので旅の間にちょっとずつ惹かれていったんだったらいいなあ。
*この作品は以前某所に投稿したものを手直ししたものです

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