またか、とロックは思った。

自分の背にひたひたとついて回る視線。
嫌悪でも、好奇でもないようなのが却って気味が悪い。
ちなみに誰かはとうにわかっている。

帝国との、引いてはケフカとの長い長い闘いが終わって
皆がようやく心から安心して乾杯できたこの祝いの場にまで、一体何なんだ。

いい加減文句をつけようと振り返ると
ばっちり目の合った犯人が手招きして柱の陰を指し示す。

祝宴の会場、フィガロ城の主エドガーだった。





Lejend-Man

――――――――――――――――――――――――




「お前、大丈夫か」
「はぁ!?

呼びつけられるなりのあんまりな質問に、
ロックは手にしていたグラスを取り落としそうになってしまった。


「てめーが大丈夫か」

思わず反芻してしまう。
ケフカを倒した前後ぐらいからだろうか、エドガーがやけに自分によそよそしいのは。
特に何をしてくるわけでもないが、事あるたびにこちらをチラチラ見ていたり、
話をすれば歯にものが挟まったような物言いだったり。
朝は――瓦礫の塔に突入する前は、そんなことなど無かったと思うのだが。
ポーカーフェイスなど十八番だろうに、
いや、そもそもこの男が自分に対して何か遠慮している時点ですでにおかしい。


「どこか痛むとか、体調が優れないとかはないのか」
「お前のその態度で具合悪くなりそうだわ」

皮肉も冗談も感じさせないエドガーの真顔に鳥肌が立ち、ロックは無意識に一歩下がった。
こいつ、魔導の力と一緒に頭のネジの一つも消えちまったんじゃなかろうか。


「…それならいいんだが」

エドガーはいいような良くないような面持ちで頷くと、やや間があってから顔を上げた。

「今日の闘いで、お前、一度俺のことをかばっただろう。
 あの時はすぐに立ち上がっていたが…
 あれから何ともなかったのか少し気になってな」

「なんだ、そんなことか」

打ち明けられた意外な理由に、ロックは拍子抜けした。
自分ではほとんど忘れかかっていた記憶を呼び起こしてみる。

確かにエドガーはボーガンの補填のために一旦後列に下がった時があり
そこをケフカに狙われた。
身動きの取れずにいた仲間の危機にロックがなりふり構わず飛び出して
彼を突き飛ばしていたのは計算ずくなどではなく本能めいたものであるので

いちいち記憶に留めておくほどのものでもなかったのである。

「お前と違って俺はあんなの余裕でかわせるから。怪我しなかったし、すぐ陣形に戻ったし、
 別に何ともなかったろ?体調なんて、むしろいいぐらいだ」

「……」
「…うるさいな!そうだよ、間一髪だったよ!どうせ受身に失敗してかっこ悪く転がったよ!
 まさかそれで打ち所が悪かったんじゃないかとか思ってるのか?はん、大きなお世話だっつうの。
 そんなことしおらしく気にするなんて、お前こそ年取ったんじゃないのか」


アルコールを含んだ息を吹きかけられエドガーは困ったように苦笑すると、

「そうか、無用の心配だったようだな。あの時は助かった。…だが、あまり無茶はしないでくれ。
 お前みたいな男でも何かあったら俺も良心が痛むんだ」


いつもの調子で肩をすくめてみせた。

「あと、それから。いくら祝いの席だからとは言えあまりハメをはずしすぎるなよ」
「俺は酔ってねえ」

中身をぐいと煽り、ロックはひょいと宴席を振り返ってセリスの居場所を確かめると、
朱の差した頬をにい、と緩めた。


「お前が俺のことオトモダチとして心配してくれるのはよーくわかったからさ、今夜は友達らしく
 あんまり邪魔するなよ、なっ?俺も周りのメーワクにならないように気をつけるから」


そして、空になったグラスをエドガーに押し付けると、
じゃ、とひらひら手を振って宴の中心に戻っていった。




(…本当に覚えていないようだな)

明らかに酒の入った足取りで去っていくロックの背を見送ると、
エドガーは胸を曇らせていた空気をふうと吐き出した。それでも、靄は抜け切らない。


間一髪、か)

残されたグラスをくるくると回して溶けかかった氷を明かりに透かす。
氷は、シャンデリアの光を反射して悩ましくゆらめいた。


それは、エドガーしか知らないことだった。


あの時
突き飛ばされたエドガーの視界に映ったのは、
魔法の光弾に撃たれ、倒れたきり動かなくなったロックの姿だった。


『ロッ……!!』

装填途中のボーガンを投げ出して駆け寄ったが、続きを話しかけることはできなかった。
左胸は背を抜けるまで貫かれ、開いたままの瞳はすでにこの世のどこも見ていない。
脈を確かめる間でもなかった。

(死ん――)

ばっ、と仲間達の方を向いても、誰もがケフカに手一杯で、
後方にいる自分たちまで気にする余裕はなさそうだった。


どうする。――どうすれば。

エドガーはかぶりを振り、わななく指先を必死に握りしめた。

その時だった。

ロックの懐から一つの魔石が転がり落ち、急に光を放ったのは。
光は炎を彩り、鳳凰の姿となってロックを柔らかく包み込んだ。
エドガーが立ち尽くしている間にその炎はみるみるうちにロックの傷を癒し、
瞬きした時にはふわりと消えてしまった。

そして。

『ってえな!くそっ、びびらせやがって』

ロックはぱちりと目を覚ますと、すぐに起き上がって武器を構え、

『おい、お前も早くしろよ!』

と何事もなかったかのように戦線に戻っていったのだった。


(蘇りの秘宝…)

闘いが終わっても尚、エドガーの頭はかつてロックが追い求めていた伝説のことで一杯だった。
レイチェルの時は、失敗だったというより、やはりという気持ちの方が強かった。
例えひびのない状態だったとしてもそれがあの魔石に叶えられる全ての力で、
いくら魔導の力とはいえ人が死の淵から完全に蘇るなんてあるはずもない、と。
所詮伝説、人の耳を渡るごとに話が大きくなるのはよくあることで、
第一あの状態で一瞬でも息を吹き返したこと自体相当な奇跡だったのだ。
エドガーは密かにそう思っていた。


だが、今はどうだ?

ロックはあの時、確かに命を落とした。あれは見間違いなどではない。
それなのに。
宴の輪の中、歓談に綻ぶいつも通りの友の横顔に信じがたい事実を重ね、
エドガーは不思議な因果に思いを馳せた。


(皮肉なものだ。人生を賭けて伝説を追い続けていた者が、
 その真偽を身を以って実証してしまうのだから)




しかし今エドガーの心を乱しているのは、奇跡の復活劇への安堵ではなく、
それからのロックの何事もなさすぎる態度への不安だった。

レイチェルは、フェニックスからわずかな生を与えられた
では、ロックの場合は?
見た限り完全なる蘇生を果たしているが、
それは彼が本来全うすべき寿命を取り戻したということなのか、
それともやはりレイチェルのように一時を許された命でしかないのか。

念のため聞いてはみたが、レイチェルのように死んだ自覚もなければ
自分の命の残り時間を知っている風でもない。

ならば魔導の力の失われた今、ロックの生はどこまで約束されているのだろう?

なんて、そんな心配をすること自体本当はナンセンスなのだ。ロックはきっとこれからもあんな調子で、
あの真実は夢幻だったのだと自分ひとりが胸にしまっておけばいいだけの話、それはわかっている。

それでも悲しき哉エドガーはどうしても最悪のケースを想定せずにはいられなかった。

――万一、何の前触れもなくロックが事切れてしまったら。
あるいは、何かのタイミングや負荷が引き金となって、
心身のどこかに代償となるダメージ―例えば記憶を無くすとか―を負ってしまったら。


そう思うと、わけもなくロックの一挙手一投足を追いかけないわけにはいかなかった。

最初は、ケフカを倒したとき。
それから、幻獣の力を失ったティナが人間としてこの世界に残ったとき。
フィガロに凱旋し、祝勝の乾杯をしたとき。

今までは無事クリアしてきたが、次に考えられるのは、
今宵ロックが眠りに落ち、そのまま二度と目覚めが来なかったらというところだった。

本人が期待している通り(にいけばいいが)、この後はおそらくセリスと共にするのだろう。
そのことへの良し悪しはさておき、特別な想いで迎えた朝、
目の前でロックが冷たくなっていようものなら、セリスは今度こそ後を追いかねない。

だからといってあの男に「今夜だけは自重しろ」と、
もしくはセリスに「今夜だけは断れ」などと言えるだろうか?
自分とて、そこまで野暮ではない。

他の誰かに相談することも考えたが、闘いを終えて安堵に浸る仲間達に
わざわざ話すべきとも思えなかった。無用な騒ぎは御免だ。

エドガーは頭を抱え、うろうろと窓際を往復した。
自分だって、真剣にロックの身体の心配ぐらいはする。
どれだけ不気味がられても、目の前で友を失う、あんな思いはもうしたくない。

だからせめて今夜ぐらい大人しくしていてくれればいいのに、あいつときたら――

そこまで考えて、エドガーははたと我に返った。

(…何で俺があいつの床事情まで気にかけねばならないんだ)

それまでの不安が言い様のない虚しさに変わり、国王は自分の無駄であろう気遣いに涙が出そうだった。

いっそのこと皆の前でばらしてやろうか?


にわかに泡立った苛立ちの芽の囁きに、頷きかけるも力なく首を振る。

――いや、駄目だ。魔石無き今、秘宝の伝説は本当だったのだと
今更あの酔っ払った当事者に明かすことになんの意味があるのだろう。
証明する手段は、もうどこにも無いのだから。

長卓向こうのロックはいよいよ酒が回り、上機嫌ではしゃいでいる。

(教えてくれ、フェニックス)

ため息混じりに空を見上げても、窓ガラス越しの三日月は言葉を返さない。

(レディはこういう時にも口にするんだろうか)

和やかな喧騒を背に、エドガーは独りぬるくなったワインを啜った。

(全て忘れさせてくれ、と)



――数百年の後。
南の大陸で発見されたという蘇りの秘宝の伝説が遥か北の土地で語り継がれていることに
世の学者たちは揃って首をひねったのだったが、
その理由は誰ひとりとして解き明かすことが叶わなかったという。


砂漠の王国フィガロに伝わる、古い古い、物語。







――――――――――――――――――――――――

■Lejend-man■

レイチェルのアレは完璧な状態では無かったわけで、
実はフェニックスの秘宝の正規版での効果は誰も見てないんですよね。
(ロックは「伝説は本当だった」と言ってたけど効果が本当かどうかは別の気が)
それが結構気になっていて、だったらYOU自分で伝説になっちゃいなよ!と。

真面目な話にならないように、エドガーにイラッとさせるくらいロクセリ
アピールもしてみましたが、果たしてどれぐらい進展してるんですかね。
気苦労王のささやかな反撃を込めて、続きはこちら


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