Mizugi Magic
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じりじり焼けつく嫌な感覚に、ロックははっとして眠りから覚めた。


(やっちまった)

浜辺で戯れるメンバーを眺めながら呑気に甲羅干しをしていたは良かったが、
いつもの癖でまた眠りこけていたのだ。
旅慣れているロックの肌は太陽の多少の日差しになど負けはしないのだが、
この炎天下何も羽織らずに長時間いたのは少々分が悪かったようだ。

恐る恐る首を回して背中を見る。…見なければよかった。

(これ、かなりやばくないか?)

焼けた肌は生皮を剥いだような痛々しい赤い色になっている。
これではもう海には恐ろしくて入れないし、
シャワーはおろか、服を着るのも当分苦痛なんじゃないだろうか。

せっかくセリスとひと泳ぎしようと思ったのに、とため息をついたところで
目の前の海に誰も居ないことに気が付く。


あれ、と辺りを見回したところで自分を呼ぶ声が耳に届いた。
そちらに顔を向けると、セリスがビーチパラソルと飲み物を入れた袋を抱え
小走りに駆けて来るところだった。


「やっと起きた」

胸元をリボン結びにした白いビキニの上に薄いショールを羽織ったセリスは、
ほら、とロックに飲み物を放るとパラソルを開いて砂浜に突き立てた。
ようやく出来た日陰と受け取った冷たい瓶を額に当ててほっと目を細めていると。


「みんなとお茶飲んでたの」
「起こしてくれよ!」
「起こしたわよ!ロックが全然起きないんじゃない。
 そうしたらエドガーがロックの至福のひと時を邪魔するのは野暮だからって」


あの野郎、俺がこうなることを計算に入れてるだろ。

そう言ったエドガーの顔を邪推し、ロックは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「日も落ちてきたし、みんなそのまま上がっちゃったわよ。
 セッツァーは放っとけって言ってたけど、さすがに可哀想だから戻ってきたの」

「ありがとう、うれしいよ」

棒読みで礼を述べる。
起こしにではなく日除けを持ってくるあたり、
今起きなければいつまで放置されている予定だったのだろう。

「もう一回泳いで行く?」
新調したばかりの水着をまだ着ていたいのかセリスは波打ち際に歩を進めた。
誰かと違って奇麗な小麦色に焼けたセリスの肌は西日をまとって弾けるように輝いている。


「…いや、今日はもういいや」

ロックは迷った末断念した。
結果的に二人にもなれたしセリスのまぶしい水着姿を合法的に触れる貴重なチャンスだったのだが、
この状態で海に入るのはいくらなんでも自殺行為だ。


「そう?…そうよね、その日焼けじゃあね」

付けているかと思うぐらいくっきり残った額のバンダナの跡にセリスが心底おかしそうに苦笑する。
ロックは嫌そうな顔をして大いにいじけてみせた。


「ふふ、スネないの。だって本当に起きないんですもの」

子供の機嫌をとるように顔をのぞき込んでくると、
しょうがないわね、とセリスはロックにうつぶせになるように指示した。
垣間見えるおいしそうに焼けた谷間に、大きな子供は素直に従った。


セリスも隣に腰を下ろす。
ロックはその見るも無残な背中越しに憐れみの視線とわずかな空気の揺らぎのようなものを感じると、
不意に背にあてがわれた手の感触に思わず全身を強張らせたが、
意外にもそれはひんやりと心地よかった。


「あれ?」
「ブリザドの応用よ」

頭上から涼やかな声が降ってくる。
曰く、本来なら空間に発動させる魔法の効果を直接自らの手のひらから発生させたらしい。
魔法に関する理屈はロックにはさっぱりだったが、
つまりはごく微弱なブリザドを手に宿すことでアイシング代わりをしてくれているのだ。


「こりゃいいや。あー気持ちいい」

冷たすぎず弱すぎない絶妙な温度調整にロックは恍惚として息を漏らした。
しばらく手厚いケアにされるがままになりながら、ちらりちらりと隣を見る。


誰もいない海、暮れ始める空。

すぐ隣には無防備な座り方で自分を撫で回す水着姿のセリス。
条件は申し分なかった。

だが、ロックは動かなかった。
はじめこそ上にまたがらないかと要らない期待や押し倒すタイミングを計ったり、
きわどい部分を凝視しようと必死に励んだりしていたが、
潮騒の調べの中包むように撫で下ろし時折髪を梳くセリスのふっくらした手の心地よさに
いつの間にか身体も心も火照りは引き、自分でも驚くほど凪いだ気持ちになっていくのがわかった。
むしろ背中越しに伝わってくる少し硬い指先の感触に
早くこいつが剣を握らなくてもいい日がくるようにしないとな、などと場違いに湿っぽいことを考え、
会話もなく寄り添っているだけのこの穏やかな時がずっと続けばと、そっと祈りさえした。


肌と肌とを通して伝わる、ひんやりとしたぬくもり。



優しい時間はゆるやかに流れ、辺りは夕闇を迎えようとしていた。

「ありがとなセリス。すっかり甘えちまったけど、気持ち良かったし随分楽になったよ」

素直に礼を言うロックにはにかんで微笑みを返すと、
セリスは何かを言おうとしてやめ、わずかに迷った末やはり口を開いた。


「それじゃ最後の仕上げ。肩やってあげるから身体起こして」
「ああ」

言われた通りにあぐらをかいて背を向けると、すぐに首筋を指先が包んだ。
かと思えば心ここにあらずといった風な動きをし、しばらくすると手が離れてしまう。

するとかすかな衣擦れの音と共になにやらただならぬ空気が動き、

「ちょっとだけだからね」

怒ったような、念を押すような声がしたかと思うと
セリスの気配がぐっと近づき背に何かが押し当てられた。


むに。





…むに?

先刻までの幸福の余韻に恍惚としていたロックは、
相当の間を要してからその感触の違和感に気が付いた。
密着しているセリス、両手は確かに肩。背中には…素肌?


「…!?」

そっと離れて振り返り、ロックはぎょっとした。
目が合ったのは、結び目を解いて水着の焼け跡の艶めかしい胸を露わにし、
瞳と唇を熱っぽく潤ませたセリス。


いつもなら間髪入れず飛びかかっているところだが、
ほの甘い感傷にどっぷり浸りすっかり毒気の抜けきっていたロックはすぐに状況を飲み込めず、
こともあろうにあるまじき一言を漏らしてしまった。


「どうした?」

瞬間、セリスはあんぐりと口を開けると次第に怒りの形相に変わり、
ぱぁん!

「馬鹿!!」

波の音さえかき消すくらいの音でロックを平手打ちすると、
ものすごい速さで水着を着直し走り去って行った。


「えーと……あれ?」

ロックは今の出来事に混乱し頬を押さえたままぽかんとしていたが、
徐々に我に返るとまたとないチャンスを逃してしまったことを理解した。


「ちょ、ちょっセリス、待っ……!!」



くっきり残った手形に向けられる仲間達の冷ややかな眼差しに耐え、
ロックがセリスに口をきいてもらったのはそれから3日経ってからだったらしい。






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■Mizugi Magic■

某大手スーパーのキャッチコピーSSその2。
毎度ご愁傷様です。

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