「……ごめんなさい。」

セリスがそう言ってロックの胸を押し返したのはもう何度目になるだろうか。

「ん。わかった」

その態度に不満がる事もなく、ロックは何事もなくベッドに潜り込んだ。

「キスはしていい?」

声に出さずに頷くセリスの額に、触れるだけの口づけを落とす。




ねがい
――――――――――――――――――――――――




察しはついていた。
本人の口から聞いたわけではないが、
帝国で地位ある身分でいた頃女性として不快な思いをさせられたのは容易に想像できる。
傷こそ付けられなかったようだが、セリスにとって男女の営みは一方的なオスの自己顕示欲、
嫌悪の対象なのだろう。

だからロックは急かすことをしなかった。
それは違うのだとセリス自身が気がつくまで、時間はかかっても待つつもりだった。


「嫌にならないの?」

視線を合わせないまま、セリス。

「何が」
「ずっと一緒にいるのに私がこんなに拒んで、もういい加減にしろって……思わないの?」

それは問いかけというより自分自身を咎めているような響き。
ただ拒否したいだけならそもそもこうして枕を並べることもない。
頬を、髪を、唇を触れられることへの感情がゆるやかに解れていっているのは
ロックもすでに感じ取っている。後は心の一番奥底で燻る葛藤を、
そんな必要などないとすぐにでも腕の中で取り払ってやりたいのだけれど。


「俺がどうこう言って納得させてするものじゃないだろ。
 セリスが本心で許せるようになるまでは何もしないよ」

「本当は、その……したいんでしょう?」
「それはそうさ」

ロックはベッドの中で器用に肩をすくめた。
ロックとて一人の男、惚れた女が隣にいればそれ以上を求める本能があるのは当然、
叫び出したい衝動に駆られることも一度や二度ではない。
その気になれば女一人力ずくで組み敷くことなどたやすいし、
そうしたとしてセリスが最後まで抵抗を貫くこともないだろうとの確信もある。
だがそれはセリスにとって抱かれるという行為への“諦め”。
一度根付いてしまった感覚はそう簡単には覆らない。


だからロックは何もしなかった。
肌を重ねるのならばセリスにも求められたい。
とんだご都合主義だと唇を歪めたが、それでもロックには曲げられない意志があった。
それは。

「俺はセリスのこと好きだから。セリスは俺のこと嫌いか?」

ふるふると振られる頭に少しほっとして続ける。

「だろ?俺は今セリスのこと考えてすごく幸せだし、
 セリスが悩んでるのも俺とのこと考えてくれてるって知ってるからそれも嬉しい。
 心が繋がってる時に身体も一つだったら最高に嬉しい。だからかな。
 そりゃ単純に男としての気持ちが無いって言ったらウソになるけど、
 それだけじゃなくて……うーん、何て言うんだろ、そうだなあ……願い事。」

「願い事?」
「セリスともっと幸せになれますようにって」

芝居がかって天井に伸ばした指を組み、照れたように笑う。
優しく揺れる夜の気配に、しかしセリスは頬を緩めることなくシーツをきつく握り締めた。

「……ごめんなさい」

弱々しく尖る肩。

「わからないの」
「……そうか」

苦しげに吐き出された否定に、さすがのロックも少々堪えた。
共に旅をする道を選んだあの日からセリスへの気持ちは増して膨らむばかり、
不器用なりに育んできた愛情に一片の偽りは無い。
そんな胸の内をセリスも少なからず受け入れてくれていたと思っていたのは
ただの自惚れでしかなかったのか。これまでの時間を過ごして、
セリスはそれでも自分に身体を許してもいいのかわからなのかと。

続きの言葉が見つけられず、重い脱力感に顔を背けることしかできない。

「あの」

と、セリスがロックのシャツの裾を引いた。
動揺を悟られないように視線を向けると、セリスは表情を隠すようにロックの肩に額を押し付けた。
かすかな震えが伝わってくる。


「……そういう時、お、女は何をしたらいいのか、私、…………わからないの。それで」

しどろもどろで打ち明けられた言葉に、その意味にロックは長いこと呆気にとられ……
我に返ると柔らかなため息をついてセリスを抱きしめた。


「ちょっと、苦しい」
「いいんだ」
「え?」
「いいんだ、何もしなくて」
「どうして」
「ああもう、お前は」

ロックはくしゃくしゃと髪を掻き毟り、さっきより強くセリスを抱き寄せては何度も金髪を梳いた。
自分の浅はかでしかなかった懸念が恥ずかしくて、
セリスの心を絞め続けていた怖れの理由がどうしようもなく愛しくて。


半身を起こすと、ロックは途方に暮れた表情のセリスに覆いかぶさるような形で手を繋いだ。

「じゃあさ」

唇にキスを一つ落とし、セリスの瞳を覗き込む。

「名前、呼んで」

もう一度今度は深く口づけ、セリスもされるがままにその感触を受け止める。
不意にぶつかった近すぎる視線にセリスはぱっと目を逸らしたが、
どれだけ身体を強張らせてももう拒絶はしなかった。
しばらくして唇の愛撫を首筋に移すと、華奢な両腕が恐る恐る伸ばされてはロックの背に回り込む。


「ロック」
「ん?」
「呼んだわ」
「それでいい」

氷が解けゆくように、セリスの瞳がかすかに潤む。
熱を差しはじめる頬にそっと手のひらを添えて、ロックは満足げに微笑んだ。
つられておずおずと口元を綻ばせるセリスを見れば
触れているところから溶けてしまうんじゃないかと思うほど心に炎が駆け巡る。


何度目かのキスの後、セリスが耳元でそっと囁く。




――私も、同じ願い事してもいい?



答えに言葉は交わされず、夜藍に彩られた二つの影が重なった。





――――――――――――――――――――――――

■ねがい■

不器用なのは二人ともだから
これぐらい遠回りしてからのゴールインもありかなと。

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