Sawing My Heart
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「あーっ!」
最後の敵に思わぬカウンターを喰らい、
かわしたように見えたロックが非難めいた悲鳴を上げた。
「大丈夫!?怪我は…」
セリスがポーション片手に駆け寄ると、ロックは難なく敵を蹴倒し、
巻いていたバンダナを慌ただしく広げているところだった。
藍染めのそれは、哀れにも端が切り裂かれてしまっている。
「ちっくしょう、これ気に入ってたのになぁ」
ロックの着けているバンダナの違いなどセリスにはわかる由もなかったが、
これだけ悔しがるのは相当なのだろう。
その落胆の表情に、セリスは思わず口走ってしまった。
「貸して。それぐらい縫える」
「え、…いいよ、自分で」
「いいから!」
勿論裁縫の覚えなどない。
だが、ロックの一瞬の沈黙に自分への不信感を感じ取り
反射的に言い切ってしまう。
最後まで言わせずにバンダナをひったくるとセリスは街の宿へと駆け戻った。
「マジかよ…」
それ故、取り残されたロックが天を仰ぎ
相棒の無事を祈ったのには気づかなかった。
さて、道具は女将に借りてきた。
明日まで移動はないし、時間はたっぷりある。
そもそも10cmにも満たない繕いなど、いくら初めてでも何とかなるだろう。
「どんな顔してくれるかしら」
ロックはどうせみくびっているのだ。
元通りに縫い上げたらきっと目を剥いて驚くに違いない。
そうしてありがとう助かった、俺が悪かったとちゃんと認めさせて、
…あわよくば少しは女らしいところもあるとわかってくれたらなお良い。
空想のやりとりに頬を紅潮させ、セリスは独り奮起した。
「ロックが寝る前に届けに行かなきゃ」
…翌朝。
皆の朝食も済み出発の仕度も終わったらしいところでセリスはついに観念して
ロックの部屋のドアを叩いた。
開いてるよ、との返事に恐る恐るノブを回す。
よう、と片手を上げるロックはすっかり準備も整い、
後はバンダナを巻くだけだった。
待っていてくれたのだろうか。
……でも。
「ロック、あの……。
………ごめんなさい」
うつむいて差し出したご愛用の一枚は、数多の針跡に飾られた傷口を広げ、
夜半まで続いた拷問にさながら虫の息同然になっていた。
顔を上げられなかったが、ロックがその惨憺たる姿に目を瞑って
ため息を堪えたのがわかった。
あの後幾度となく針と格闘したのだが、
あの髪の毛ほどの剣はグレートソードのように振り回せばいいというものでもなく、
ましてルーンナイトはもとの形に縫い戻せる魔法も知らない。
迷い針はうろうろと指に刺さり、不慣れな細かい作業についむしゃくしゃして
声を出したとき、思わず布に力を入れてしまったのだ。
バンダナの情けない鳴き声に我に返ったが時すでに遅しであった。
「…もしかして俺が気に入ってるって言ったの、気にしてた?」
「…」
頷くしかなかった。
心が折れてからは、ロックの顔を思い浮かべてはほとんど眠れずに
ベッドの上で横たわっていたのだ。
「ごめんなさい」
謝るしかなかった。意地なんか張らなければ良かった。後悔に胸の奥が痛い。
ロックが無言で近づいてきて、そっとバンダナを手に取る。
責められるか。悲しませるか。
セリスはますます小さくなった。
「あーあ。しょうがないな」
恐る恐る顔を上げると、口調は呆れながらもロックは笑っていた。
うんと小さな子供のささやかな失敗にする時のように。
すると、ロックはおもむろにバンダナに歯を当てると、完全に二つに裂いてしまった。
驚くセリスをよそに、「ちょっと貸して」とセリスの腰の長剣を鞘ごと抜くと、
ベッドに腰掛けて剣の柄に巻かれた古い布を解き、切れ端の小さい方を丁寧に巻き始めた。
セリスがぽかんとしている間に、柄は鮮やかな藍色に彩られていった。
「できた!いいだろ、これ。鞘の色に似合うんじゃないかと思ったんだ」
放って返された剣をまじまじと見てみる。
刀身の手入れこそしても柄の布などにはずっと無頓着で、
すっかり色褪せ血や泥がついたままだった。こうして布が変わっただけで、
新品のような真新しさがある。
―ああ、綺麗。
セリスは思わず嬉しくなり柄を握り締めた。
…でも、そんなことをしたら。
「ロック」
「ん?」
返事をしながら、ロックは少し小さくなったバンダナに別の布を重ねて頭に巻き付け、
石を繋いだ飾り紐で括ってみせた。
これはこれで、ブルネットの髪によく似合っている。
セリスの戸惑った視線を受けて、無邪気に歯を見せる。
「大丈夫、まだまだ使えるから」
さ、行こうと肩を叩いてロックは部屋を出て行った。
セリスは独り立ち尽くしていたがはっと我に返るとあわてて声をかけた。
「ロック…ありがとう!大事にする」
ひらひらと手を振って階段を下りていったロックを見送ると、
セリスはもう一度剣の柄を見た。
確かに藍色は鞘の色とよく合っている。
あんな短時間でこんなことができるなんて、
セリスから見たらロックの方がよっぽど魔法使いだ。
あのバンダナの切れ端が…
「あ。」
ロックはもう片方を着けていった。
…お揃いだ。
気付いた瞬間、頬がかあっと熱くなり、セリスは思わず口元を押さえた。
たまたま?わざと?溢れる疑問に寝不足の頭がくらくらする。
どちらにしてもロックの気遣いは嬉しかった。
…嬉しかったのだが。
(私が喜んでどうするのよ)
なんだか手の平で転がされたような気分で、セリスの心は複雑だった。
だが、視界の端にちらちら映る藍色を意識する度、
自分でも恥ずかしいぐらい眼差しが優しくなってしまう。
「つ、次こそはやってやるんだから」
ピシリと頬を叩いて、セリスは後を追った。
木のきしむ音を立てて階段を降りながら、ロックは存分にあくびをした。
セリスがいつ来るかと思うと大の字で寝ているわけにはいかなかったからだ。
(それにしてもあの腕前は絶望的だろ)
覚悟していたものの想像以上の出来栄えには思わず絶句してしまった。
あれは、一度教えてやらないと。
ただ、剣を受け取ったセリスの顔を思い出すと自然に笑みが漏れてしまう。
(やっぱり笑った顔が一番かわいいよな)
張り切ったり、しょげ返ったり、
最近は本当に色々な表情を見せるようになってきたが、あの笑顔はいい。
特に素直になった時のそれは格別だ。
咄嗟の思いつきであんなに喜んでくれたのだから、
バンダナも破れた甲斐があったというものだ。
お揃いになってしまったが、まあ悪くはないだろう。
次はどんな顔を見せてくれるだろうか。セリスへの興味は尽きない。
ロックは口笛を吹きながら、宿の外へと足を早めた。
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■Sawing My Heart■
お前らもうくっついちゃえよ!的な話でした。
それでも「薫風」よりは距離は近づいたんでしょうか。
そして一つ読み誤り。セリスは孤島の某イベントのおかげで料理下手のイメージがあり、
そのせいできっと手先は不器用に違いない!!という先入観でいたのですが
よく考えたら趣味がトピアリー作りなんですよね。感覚的な心得はあったのでは…
イカダに縫い付けられてきます。
*この作品は以前某所に投稿したものを手直ししたものです*
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