離れ星
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「綺麗ね。本当に綺麗」

満天の星空に響くセリスの声。
天空を横切る淡い乳白色の帯、砕いた氷のかけらのようにちりちりと輝く星々は
空を器としたカクテルのよう。


「晴れて良かったよ」

隣で寝転ぶロックがしみじみ頷く。
この素晴らしい夜空が今日でなくてはいけないのには一つの訳があった。


「ねえもう一度聞かせて、星の話」
「この前教えてやったろ」
「それはそうだけど。だって今日のことなんでしょう?ここで聞いておきたいわ」

セリスにねだられてはロックが応えないわけはない。
しょうがねえなと半身を起こし、
ロックは何度目かになるその話をゆっくりと紡ぎ出した。


7の月、7の日。年に一度の逢瀬を許された恋人たちの星物語。

「一年にたった一日だけ、か。今の私なら遠い時間だわ」

話の余韻に瞳を閉じ柔らかく苦笑するセリスにロックは曖昧に笑い、
空ではないどこか遠くを眺めた。


「そうかもな」
「……?」

てっきりそんなに長い間会えないなんて耐えられない、
自分なら星の河を掻き分けてでも会いに行くと言い出すとばかり思っていたセリスは、
神妙な様子のロックに思わず目を覗き込んだ。


「――俺、ずっとその男のことが嫌いでさ」

開かれた口から語られるのは意外な言葉。

「てめえが腑抜けて別れ別れになったっていうのに、
 悲しむだけ悲しんだだけでまた会えるようにとりなしてもらったんだろ。
 一年に一度は、絶対会えるように」


鼻の頭に皺を寄せて。

「贅沢なんだよ」

精一杯の皮肉。嫌悪と羨望。

あ、とセリスは睫毛を伏せた。
ロックはかつて、ただ一度の再会の約束をも許されないまま
想い人との間を裂いた星闇の河をもがき進んでいたことがあった。
それを思えばロックの一見突拍子もない貶しも確かに得心がいく。

ただ、嘆くこともできずなりふり構わず河に飛び込むしかできなかった彼が
果たして何を経てどこの岸辺に辿り着いたのか、
それを知っているセリスは未だにその先の言葉を控えてしまう。


「でも、今はちょっと違うかな」

が、そんなセリスの胸の内などお見通しとばかりにロックは声音を明るくした。

「……違う?」
「そいつもその女に心底惚れてて、
 一目だけでも会いたかったんだなーって素直に思えるようになった」


照れたようにはにかむロックの横顔に、その迷いなき瞳の強さにセリスの頬も自然に綻ぶ。

「ふふ、成長したわね」
「ばかやろ」

絞め技をかけるように冗談めかしてセリスを抱き寄せ、
それでもロックはどこか力なくもたれてくる。

セリスはそんなロックの髪を梳き、囁いた。

「いつでも見てくれているわよ」
「ん」

額に瞬くような口づけを落とし、ロックの頭を胸に抱く。
そのまま二人は静かに夜色の髪の少女を偲んだ。



どれほどそうしていたか、ふとセリスが空を仰ぐと
淡い光の帯は変わらず天に橋を架けていた。


「ほんとうに綺麗」
「ああ、綺麗だ」

見ないのは勿体ないわね、とひとつ伸びをしてセリスが仰向きに寝転がると
ロックも倣って隣に寄り添ってきた。


「あの帯、天の川って言ったっけ。昔の人は良く言ったものね、空に川があるだなんて」
「そうだな」
「……ねえ、この旅ってどこに行くかってちゃんと決めてたかしら」
「いや、別に」
「なら私、行きたいところがあるの」
「ん?」
「天の川の端。あると思う?」

いたずらっぽく微笑んでくる瞳にロックはくっ、と肩をすくめたのち声を上げて笑った。

「そいつは考えたことなかったな。いいぜ、明日から探しに行くか!」

離れ星のどっちかを見つけたらもう片方のところまで俺達が連れて行ってやるか、などという冗談に笑い合いながら二人はどちらからともなく手を繋ぎ身を寄せ合った。
自分達はもう二度とその手を離すような真似はしまいと。
今夜は、天に灯る輝きの一つ一つをその目に焼き付けたままで。





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■離れ星■

たなばたロクセリ。ちょっとしんみりと。

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