特効薬は明日効く
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割れるような頭痛、氷を纏っているか思うほどの寒気、錆た機械のように軋む関節。
瞼にのしかかる最悪の目覚めに、なんで私がとセリスは歯噛みした。

隣のロックに感づかれないよう、ごろりと背を向ける。



出かけていたロックが何故かずぶ濡れで帰ってきたのは
日も落ちてずいぶん経ってからだった。
子供の落とした玩具を取りに水路に入ったという本人の弁解もそこそこに
半ば無理やり風呂場まで追いやったものの、湯上りにくしゃみをしていた時点で
しっかりと諌めれば良かったのだ。

そうでなくとも今の季節は昼夜の寒暖差が大きい。
身体を寄せてくるロックに、セリスは不摂生を咎めるべく眉を吊り上げかけたのだが、
自分と自分に触れ合う時間を愛おしむ笑顔を見れば
今夜はもう休んだ方が、と開きかけた唇も唇で塞がれるままになる他はなかった。


そうやって厚着をするどころか衣服を放ってしたいことだけいたしていたのだから、
然るべき結果に同情の余地は無い。

しかしながら彼に付いてきた風邪の虫が
まさかこっちで悪さするとは思ってもいなかったので、
あまりの理不尽さにロックを恨みかけもしたが、止めなかった時点で共犯も同然、
自業自得だわ、と己の浅はかさを呪うしかなかった。


…だって――

いや、そんなことを考えている場合ではない。
自分のせいでのダウンだと知ったらロックはきっと気に病むに違いない。
しかも中々やっかいな感じの全身の倦怠感。
誤魔化しなどは通じないだろうから、
せめて午前中だけでも休んでおけば一番気を遣わせないだろうか。

腹を括ってセリスがロックの方を向くと。

様子がおかしい。

眉はきつく寄せられ、歪む唇はカサカサ、顔面は蒼白。
病むのは気だけで済むわけにはいかないようだ。


よく考えれば当然のことである。


「…ねえ…」
「ん……うぇ」

昨晩甘い愛を交わし合ったとは到底思えない声で、二人はようやく言葉を搾り出した。

「あたま、いてえ…さみぃ」

呻き、ロックもようやく瞼をこじ開けた。
空ろな眼に映るのは互いのただ事でない顔色。

「ちょっ、だい…丈夫か」
「そっちこそ」

言いながら、どちらともなく額と額を寄せる。ああやっぱり、これは相当な―

「あれ、わかんねえ」

目を開けているのも辛いのか、ロックは重たげに目をしばたかせた。

「ロックも…熱、すごいのよ」
「…やっぱり?」

息も絶え絶えに、状況確認をする。
共に重症。



「ごめんなあ、俺のがうつったんだよな」

ロックがよろよろと腕を伸ばしてセリスの髪を撫でる。
ううん、と首を振ってセリスははにかんでみせた。


「二人がかりでこれだもの。ロック一人が罹ってたらもっと大変だったわ。
 それに私もいけなかったのよ、調子悪そうなの気付いていたのに止めなかったんだから」

「へ、ばれてたか」

悪びれもせずに、ロック。セリスのせいじゃないさと続けようとして言葉を止める。


「…ん?知ってて止めなかったって」

霞みがかる頭にあるまじき鋭さで駆け巡る思考。

「お前…もしかして俺が欲しくて黙ってたのか?」
「!ち、ちが…!」
「へえ〜、そうかあ〜。それならうつっても文句は言えないよなぁ」

熱のせいか気分のせいか、セリスはますます頬を赤らめ、ロックは締まりなくにやける。

「もう…私薬買ってくる」

即答できなかったことを取り繕うようにベッドから這い出そうとした途端。
くい、と袖を引かれた。


「いいよ、行かなくて」
「なんでよ…早く治さなきゃ。水だけでも置いておかないと」
「こっちの方が薬」

そう言ってロックがしがみついてくる。
簡単に振りほどけそうなほどの力しか入っていなかったが、
それすらも振りほどけない今のセリスはあっけなくベッドに沈んだ。


「何言って―」
「こうやってたら、治る気しない?」

ロックはセリスをきゅっと抱きしめて頬を摺り寄せた。
あのね、とセリスは抗議しかける。

またそんな適当なことでは夕べの二の舞でしょうに。
億劫なのはわかるけれどそんな方便なんかで治る気…
…。
……。


「…する」
「だろー」

もがくのをやめてこつんと額を預けるセリスにロックがふにゃりと笑いかける。
その腕の中は病熱とはまた別のぬくもりでほっこりと収まりが良くて。

不意のダウンに焦っていた気持ちがしぼんでいく。
案外これが本当に自分にとって一番の特効薬なのかもしれない。

「しょうがないわね」

幼稚な提案とそれに丸め込まれてしまったような自分に苦笑いが漏れる。
ずる休みのようで後ろめたくはあるけれど、調子が悪いのは嘘ではないし、
こうして合法的にロックの隣にいられるのなら、そういう求めに応じるのも
考えないこともない。

素直さと可愛げのなさの間で揺れながら、セリスはロックの手を探り当てては引き上げ、
その広い手のひらに頬をうずめた。


「他に薬もないし、これで我慢してあげるわ」



形のない処方箋は果たして何に効いたのか、それとも効かなかったのか。

それから病人達は看病をし合うこともなくただ手を繋いで眠り続けた。
不意に手に入った二人寄り添っていられる時間に、
この薬は少なくとも明日まで効くことはないだろうと互いに言い聞かせながら。






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■特効薬は明日効く■

ED後ぐらいには進展したようなやりとりです。
日本語でおk状態なので補足ですが、ロックの言う”薬”が変に風邪に
効いてしまってもそれはそれでくっついていられる口実が無くなってしまうので
せめて今日は効かないことにしておこうネー(AA略)ということです。
(本文でまとめる文章力なし)
要はバカップルに付ける薬はないということで…( ´_ゝ`)

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