Yukata Magic
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「……。ロック」

「ん、どうした…おっ、何だそれ」

おずおずと覗き込むように入ってきたセリスの見知らぬ衣装に俺は思わず目をみはった。

「浴衣っていうんですって」

セリスの話によると、カイエンがドマに寄った際に持ってきた愛妻ミナの若かりし頃の夏衣なんだそうだ。
試着を勧めるカイエンに形見であろう大事なものだからとはじめはティナと二人固辞したのだが、
廃墟の城に只しまわれるより自分の親しい者に着てもらえれば喜ぶだろうと愛しそうに妻の名を口にする
カイエンの様子に、そういうことならとありがたく袖を通してみることにしたらしい。


ゆったりと特徴的な袖、胸から足首までくるりと巻き付けた真っすぐな布を
幅広の帯でさらに巻き付ける形はドマ特有で実に風変わりだったが、
夜色に染め菖蒲の花をあしらった生地はセリスの淡いブロンドと白い肌を際立たせ、
結い上げた髪も相まって華やかながらいつも以上に清楚に見える。


「へえ、似合うじゃないか。ドレスも良かったけど、そういうのも風情があるな」
「本当?…良かった」

無きに等しい露出に身体のラインも殆どわからないシルエットには
多少の物足りなさも感じなくはなかったけれど、そこは男の都合。
いつもの戦闘服とは全く逆の、武器など持ったこともない町娘のような装いに
はにかんでいるセリスを見ていると、俺の口元も自然とほころんでしまう。

うんうんと頷きながら間近でじっくり…そうだ。

「よし、買い物に行こう」
「買い物?」
「せっかくそういう綺麗なの着てるんだから、それに合うアクセサリー探しに行かないか?
 飾り櫛とかかんざしとかあったらもっと映えるんじゃないかな」

「…え、でも…」
「ティナだって皆に見せてるんだろ。ティナの分も一緒に買ってきたらきっと喜んでくれるぜ」

我ながらいい口実だ。他の奴らに見せに行く前に外に連れ出しちまおう。
誰とは言わないがあいつらにも見せるのはまだ早い、と思う。


「それなら行くわ」

本当はすぐ行きたかったくせに。
ほっとしたように微笑むセリスに内心ニヤリとしつつ、じゃあ早速と先立ってドアを開けた。
そこでちらりと目に留まった、長身のセリスには少々短かった丈からのぞく足首に
一抹のもやもやを感じたが、それが何なのかは今の俺にはまだわからなかった。




「“すごく似合う!”っていうのは無かったわね」

イメージのような品が見つからず少し残念そうに、
しかし久しぶりの装飾品選びに頬を紅潮させるセリスの横顔に、
俺はやっぱり連れてきてよかったと秘かにガッツポーズをした。


「まぁドマの服だしこんなもんなんじゃないか?店の人も色々探してくれてたしな」
「随分話しかけられたものね」

二人分の髪飾りやこまごました小物を入れた紙袋を手に、俺とセリスは街中をてくてくと歩いていた。
この地方ではドマの物、ましてやお国衣装は珍しく、
セリスの言う通り店に限らず道中あちこちでいつも以上に声をかけられた。


はじめは俺もそんな好意的な視線にそうだろ綺麗だろ?と上機嫌でいたんだが、
こうも振り向かれるとなんとなく落ち着かない。
っていうかお前らジロジロ見てんじゃねえ!じっと見ていいのは俺だけだ!


「時間かけて過ぎてごめんなさい」

すまなそうにつぶやくセリスに、俺はいつの間にか険しくなっていた眉間の皺を慌てて伸ばした。

「え?ち、違う違う!そういう意味じゃないから!誘ったのは俺なんだし、新しいバンダナも買えたしな」

「ならいいんだけど」

小首を傾げる仕草は髪を結い上げている分首筋が目立つ。
そのラインを華奢だな〜と思いつつ、また言葉にできない何かを感じてしまう。

でもまあ考えてもしょうがないので、
夕涼みがてらアイスキャンディーでも買って帰ろうかと提案しようとすると。


「きゃっ」
「おい、大丈夫か?」

石畳に躓いて小さな悲鳴を上げるセリスに、反射的に手を添える。
転倒こそしなかったが、セリスは困ったように苦笑する。


「これ、ちょっと歩きづらくて」

確かに身体にぴったりと布を巻き付ける浴衣はあまり脚が開かないので、
戦乙女のセリスには少々勝手が悪い代物ではあった。


そして乙女の災難は続く。

「やだ、緩んできちゃった」

慣れない歩き方の上転倒しかけた衝撃で、
前襟の合わせや帯がわずかに緩みが出てきてしまったのだ。
髪もざっくりと結っていただけだったから何度か髪飾りの試着をしているうちに
いつの間にかほぐれてきている。


…あれ?

まあ緩み自体は大したことないし、聞けば浴衣の下はブーツ以外いつもの服を着ているらしいから
万一の心配はしなくていいんだけど。


…万一?

なんだろう、このそわそわする感じは。

「こっちは大丈夫みたいだし、そろそろ帰りましょうか」

草履の鼻緒の具合を確かめようとかがんだセリスのうなじとそれを縁取る襟の陰影を見た途端、
俺のそわそわはゾクゾクへと昇華した。


ああ、そーいうことだったのか。

この浴衣という衣装、直線の布の縫い合わせだから、
時々のぞく素肌の曲線がいやに艶めかしいんだ。
さらに深い色合いの生地と白い肌のコントラスト。


立ち上がったセリスは割り切っていつものようにすたすたと歩き出したが、
それ故時折あらわになる素足のひざ下に俺は完全に目を奪われてしまった。

やばい。これはやばい。
本人はもともと露出のある服だから気にしていないんだろうが、
その無防備な足元や襟の合わせから見え隠れする胸元は夕暮れどきなのにまぶしく映る。
さっそうと歩くセリスは変わらず可憐で清楚なのだが…
えーと、非常に下品で決して本人には言えない感想を述べると。


そそる。

もっと具体的に言うと、一見無欲に見える衣服に隠された柔肌を
いやらしく暴き出してしまいたい衝動に駆られたくなってくる。


アイスキャンディーの予定はどこへやら、一瞬にしてあられもない選択肢がいくつも脳裏に浮かぶ。
公園?宿屋?一番近いのは?

「飛空挺に戻ろう。俺、直してやるよ」

ジェントルな笑顔でクールに親指を立てるや否や、
俺はセリスの手を引いてかっさらうように走りだした。


ええいお前らこれ以上セリスのこと見るんじゃねえ!ついでに今の俺の顔も見るんじゃねえ!!



自分の器用さに説得力があることに今日ほど感謝した日はないかもしれない。
セリスは心底俺に着付けをし直してもらうつもりでついてきている。
そして恐るべき勢いでファルコンに辿り着いた俺(達)は、
他の連中の目をかいくぐって俺の部屋に向かっていた。

当然ながらセリスの浴衣はますます着崩れ、いよいよけしからん格好になってきている。

俺はドマという国の、女性の色気に対する考え方にそら恐ろしささえ感じていた。
この、少しの見えるところより大部分の見えないところに男心を熱くさせる仕組みは、
なんだこれは、この手の興奮はなんなんだ!?


ちょっと待て落ち着け、俺!

ここに来るまでに筋書きは大体できている。
まず自分で脱いでもらったところでどうせ直すならちゃんと着ようと提言して、いつもの服を外す。
で一旦着付けてみる。
それから納得いかないふりして脱がせて…いやーそこまで我慢できるかな。
自信ないわ。
むしろもっとけしからんぐらいはだけさせてだな。


いやいや平常心、平常心。
この階段を上って右に曲がれば俺のテリトリーだ!

―その時。

「あ、そうだ」

セリスが不意に足を止める。

「な、何だよ」
「ここまで戻ってきたんだから、どうせならカイエンにもう一回教えてもらうわ」
「え、なんで…?俺、そりゃ初めてだけど見れば大体分かるぜ…?」

だがセリスは、咎めるようにきゅっと唇をすぼめた。

「だってロックは浴衣も帯もぐちゃぐちゃに投げそうなんだもの。
 私これ気に入ってるし、何よりこれはミナさんの大事なものなの」


髪飾りの入った小袋を抱え直し、セリスはくるりと踵を返すと一瞬だけ振り向いて、


「そうだ、ロックも教わりに来たら?」

まったく悪意のない笑顔で小首をかしげると、ぱたぱたと去っていった。



開いた口がふさがらないまま俺は呆然とセリスを見送った。
これで俺の思惑を全く察していないのがセリスの怖いところだ。
そりゃあ脱がせることに可能性を感じる服だけど、
別にぐちゃぐちゃになんて…なっちまうか。
いや俺がぐちゃぐちゃにしたいのは服でなくてセリスの方なんであって……


「〜〜〜〜〜〜〜!!」
「?」

カイエンの部屋に向かう途中背後に響いた物音に振り返ったが、
それがロックが崩れ落ちた音だとはセリスは露とも気が付かなかった。




その夜、自室のベッドにうずくまりながら、
ケフカを倒したら真っ先にドマの復興を手伝おうとロックは独り拳を握り締めたのであった。






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■Yukata Magic■

某大手スーパーのキャッチコピーSSその1。
ロック、チラリズムに目覚めるの巻。

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