あなたに、ほんとうのことを。後編>
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夜明けの兆しすらまだ遠く、しかし着陸完了を知らせるブザーがしんとした艇内の空気を震わせる。

しばらくしてランタンの小さな明かりが一つ、頼りなげにファルコンから遠のいていった。



「とりあえずは何がどうなっても一度はここに戻るように約束させた」

独り見送りに出ていたエドガーがラウンジに戻ってきた。

「まるで子供のおつかいだな」
「ふむ。ある意味自立への第一歩だからな。あながち間違いでもない」

セッツァーの皮肉に冗談とも本気ともつかない返事をし、セリスに向き直る。

「さて。後はセリス、君に頼みたい」
「……!」

不意の名指しにセリスの双眸が大きく見開かれる。


「共に立ち会えとは言わない。何を話す必要もない。ただロックがあの地下室から出てきた時、
 そばにいてやってくれないか」

「……なぜ?行くなら、付き合いの長いあなたが行くべきだわ。
 私は……私は、あそこにいていい人間じゃない。第一、……二人で出てくるかもしれないのよ。
 ロックを困らせるだけだわ」

「そんなことはない。どんな結果だとしても今のあいつに必要なのはセリス、君なんだ」
「でも、それは」
「それとも、私に男を待てというのかい?」

言い訳を探すセリスに茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせると、エドガーは一つ頷いた。

「大丈夫。さっき少し話したが、あいつは自分のなすべきことはもうわかっている。
 ロックを、信じろ」


信じろ。

その言葉はセリスの胸にちくりと刺さる。

「……わかったわ」

痛みを隠すように、セリスは微笑した。

「でも今はロックじゃなくて、あの人を信じろって言うあなたを信じることにする」

もう一つの明かりが村はずれに消えゆくのを遠く眺めながら、
エドガーは無意識に隠しのコインに指を伸ばし、そっと祈りを捧げた。


(願わくば、誰にも救いがあるように)

どれだけ長く深い夜闇を掻き分けてきたとしても、今日もきっと、朝が訪れるはず。



やがて夜明けよりもわずかに早く、コーリンゲンの北はずれに黄金色の光が満ち溢れ。

「……!!」

光の中心へ目を凝らすティナにどうしたのかと問いかけるより早く、ガウが呟く。

「……とり」

「鳥?」

各々に身を乗り出し言葉と光の意味を確かめようとするも
考えが口をつく前に光は空に吸い込まれ、音もなく明けの静寂が戻った。

まるで何事もなかったかのように。



村が騒ぎ立つ気配もなく、朝日が世界をすっかり包み終えた頃。

ゆっくりとした足音が近づき、ややあってラウンジのドアが開いた。
待っていた仲間達の姿にはっと見開かれたロックの目は真っ赤に腫れ上がり、
皆に見せるべき表情を定めきれずにいる様相と
後ろで同じように赤くした目を伏せているセリスを見れば結末は言葉を待たずとも理解できた。


その結末に、彼はどう向き合ったのか。
どんな言葉をかけたらいいのか視線を交わし合っていると。

「レイチェルは」

おもむろにロックが口を開いた。その名をとても懐かしそうに、慈しむように、もう一度。

「レイチェルは――見送ったよ。あの小屋には、もう誰もいない」

落胆。安堵。失意。満足。未練。決別。哀惜。追慕。
一言では言い表しきれない感情をごちゃまぜにして、ロックは笑っていた。
笑顔ではなかったのかもしれない。それでも彼は笑った、とそこにいた誰もが思った。
なぜならその声音に悲しい響きは無く、しっかりと前を見据えた瞳は
再会の折には決して見られなかった希望の輝きに満ちていて。


「みんなには迷惑も心配もかけちまって、何て言ったらいいか――」
「ロック」

エドガーがさえぎる。

「……長かったな。お前はよくやったよ」

道なき旅のほぼ始まりから彼を見てきた友の、短くも万感を込めた一言。

「ロック、おかえり!」
「大変だったわね」
「本当に頑張ったでござる」
「ま、俺達もよく付き合ってやったよな」
「これでまた旅を始められるゾイ」
「ガウ、みんないっしょ!いっしょ!」

次々と浴びせられるいたわりの言葉に戸惑いながらもロックは続きを口にしようとしたが、
唇はぱくぱくと空回りするだけでやがてへの字にきつく結ばれてしまった。
瞬きを繰り返し、怒ったように床を睨む。


それから長い長い深呼吸を一つして、視線を上げる。

「みんな、ありが――」

が、最後まで言い切ることは叶わなかった。
声は途中で不自然にしゃがれ、ロックは慌ててわななく口元を抑えた。
何かを堪えるように盛んに瞬きするも耐えきれず下を向き、
途端に木の床板にぱたぱたと水滴が落ちる。

せめて言い終えるまでは見て見ぬふりをしてやろうと――


「あ、泣いてる」
「おい、言うなよ」


誰かが先頭を切るとにやにやとつつき合う仲間達。

「ばっ、誰がっ、……!!」

言い返しかけるもロックにはすでに言葉で反論する余裕すらなく
溢れ出してやまない感情の雫を剥ぎ取ったバンダナで乱暴に覆うと
ラウンジの外へ飛び出して行った。


「ロック!」

追いかけようとするセリスの肩をそっと抑え、
唇に人差し指を立てるとエドガーはラウンジから顔だけ出して耳をそばだてた。

風に乗ってかすかに聞こえてくるのは、己を許し、またそれを許された者の静かな嗚咽。
エドガーはそっとドアを閉め、ため息交じりに皆に向き直った。

「おいおい、皆あんまりいじめてやるなよ。あいつああ見えてデリケートなんだから」

肩をすくめるそばから、仲間達はおかまいなしに続く。


「いじめてねえし」
「だよな、愛だよ、愛」
「愛……」
「ほっほ、持つべきものは仲間じゃのお」
「ロック、いい顔だったクポ」
「……セッツァー殿。賭けは拙者の勝ちでござるなぁ」
「だからアレは賭けって言わねえだろ」
「えっ、なになに、賭けって」
「賭けは拙者の勝ちでござるなぁ」
「ゴゴ!てめえ真似すんな!」
「よし、じゃあ今からフィガロでパーッと打ち上げるか!」
「ごちそう!ガウ、行く!!」
「ウガー」

たちまちわいわいとあがる歓声も動力に、船は浮上を始め、走り出す。
強く、強く。

太陽の昇る方向へ。



「セリス、あいつは取り戻せたのかい?」

遠ざかりゆくコーリンゲンの街並みを肘をついて眺めながら、エドガーが問う。

「……わからないわ」

隣に立つセリスはゆるく首を振った。
全ての時間が止まったあの小屋の中で、ロックは何を失い、何を取り戻したのか。

「でも、ロックは立ち上がって私に笑いかけてくれた。それだけよ」
「そうか。なら、もう心配ないな」

満足げに歯を見せるエドガーにセリスは親愛の念を抱いた。
ロックの辿った地図無き旅路を何も言わずに見守り続け、
その道程の一つの終わりに胸を撫で下ろしているのは案外本人より彼なのかもしれない。
笑みをたたえる眼差しは、まるでもう一人の、しかも相当に手のかかる弟を抱えた兄。


「あいつは恐れていた」

吹き付ける風に目を細めて、エドガー。

「我々との絆が深まっていくことを。
 彼女の死があってこそ出会った我々に心を許してしまえば
 あいつは彼女の死を認めざるを得ない。
 だけど君も知っての通り、一度心を傾けた相手にはびっくりするぐらい肩入れする奴だろう?
 だから我々が散り散りになった時、あいつは独りで秘宝を探す道を選んだ」


意味を図りかね眉を顰めるセリスに、あくまでも想像だけどね、と前置きして。

「途中までは本当に蘇生を願っていたんだろうが
 あいつ、我々のことが心配で心配で、本当は早く皆を探し出したかったんじゃないかな。
 その時に俺も仲間だと偽りなく言えるように、
 レイチェルの死を――あいつが無かったことにしていた真実をようやく諦めようとした」

「……それって――」
「“あきらめる”には、“明らかにする”という意味もある。
 いくら伝説でも、魔導の力でも、失われた生命を蘇らせるなんてできっこない。
 秘宝を求めれば求めるほど嫌でも突きつけられてきたんだろう。
 だから、手を尽くした上であきらめようとした」


エドガーの“想像”に、セリスは足元をよろめかせる。
過ぎた事実と今ある自分の気持ちをほんとうのことと認めるために
どれだけ孤独で苦しい遠回りをしていたのか。


「馬鹿な男だ」

呆れ返る口調の裏に、彼にしかわからない親しみを込めて。

エドガーは空を仰ぎ、セリスもつられて視線を上げた。
これから先ロックがレイチェルの名を口にすることは無いのかもしれない。
しかし彷徨い続けた彼女への想いは、ただほのかに輝く星となって
ロックの内側に灯り続けるのだろう。レイチェルは、きっとようやくあるべき姿となったのだ。


「ちょっと、ちょっと」

その時軽快な足音と共にリルムが転がり込んできた。
彼女がそうしてやって来る時は大抵面白いものを誰かに知らせたい時。

「ロック、寝ちゃってる」

吹き出すのを堪えているリルムの頬はつやつやと上気している。

「ひっどい顔でさぁ。一見の価値ありだよ」
「ほう、それはさぞかし色男なんだろうな、ぜひ拝んでやろう」
「セリスもおいでよ!アレ見たら絶対惚れるよ〜。リルムもう一回見てこようっと」

よほど端正な寝姿らしくリルムは含み笑いをしながら元来た通路をうきうきと駆け戻っていく。
興味津々に後を追おうとするエドガーに、ねえ、とセリスが呼び止めた。

「最後に聞かせて。ロックと何を話したの?」
「ん?そのままのことさ」

振り返る青い瞳の微笑はどこまでも柔らかい。

そしてエドガーは語る。
今までロックが己の中で何を真実としてきたかは知らない。
ただここにいる全ての仲間達が出会ったのはレイチェルの死に悩み苦しむロック自身であり、
だからこそこうして二度も集うまでの絆となった。


「そうは思わないかい?」



我々にとってはそれが紛れもない真実なのだ、と。





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■あなたに、ほんとうのことを。後編■

真実はロックだけのものではない、それに尽きます。
レイチェルとのやり取りは原作の通りと思っていただければ。
この話を書いていて、ロックの選択や決断に全面的な賛成はしなさそうだけど
なんだかんだで陰では応援しているような、
FF6メンバーのキャラクター造詣が改めて好きになりました。

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