随所から溶岩が流れ落ち、人はおろか獣すら足を踏み入れるのを憚られる灼熱の魔窟。
その最も深くでにわかにあがる歓声、集まるいくつかの人影。
が、中心でゆっくり立ち上がる青年の表情に喜びの気配はたちまち鳴りを潜める。

「俺は真実を失くしてしまった」

皆に向き直り、しかし誰とも視線を合わせずにロックが言葉を並べる。


「だから、それを取り戻すまで本当のことは何もない」

手の中のひび割れた魔石は、輝くこともせず。



あなたに、ほんとうのことを。前編>
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あの暗く長い洞窟に踏み込んでからおよそ一日、ファルコンに戻ったのは夜半近くだった。
仲間たちは自室に戻ることもなく、かと言って何をするでもなく思い思いの時間を過ごしていた。
探索の疲れも相当にあったが心中穏やかでないであろうロックを放って休むのも気が引けたし、
何よりこれから彼が成し遂げようとすることを思えば
例え床について目を閉じたとしても眠気など訪れる気がしなかった。




「行かなくていいの?」

ティナはさっきから自分にぴったりと寄り添っているセリスに囁きかけた。
この壊れた世界に一度は絶望したセリスが再び立ち上がったのは
ロックに会いたかったからだと聞いている。それなのに、セリスは睫毛を伏せて首を振るばかり。

あんなに待ち望んでいたはずなのに、話したいことなど両手で抱えるには
足りないくらいたくさんたくさんあるだろうに。
少なくともこの日をこんな沈痛な表情で迎えたかったわけではないというのは、
今ならティナにもわかる。


「私、愛するって温かい気持ちでいられるとばかり思っていたけれど、それだけじゃないのね」

まだ、その感情の入り口しか知らなくても。

「また、元気なロックに戻ってくれるといいね」

稀代の力を振るう魔導戦士たちは、今はただ二人の少女としてそっと肩を寄せ合った。



高湿な熱気のたちこめる場所への探索には不適格と留守番役だったウーマロは、
モグの指示のもと雪男には似つかわしくない動きでてきぱきと仲間達に茶を振るまっていた。


「親分」
「なんだクポ」
「なかま……あいつ、仲間?」

ウーマロは不思議でしょうがなかった。
他の仲間の人間達は自分を打ちのめすほど強くて勇敢で
しかもすぐ肩を組んでくれるような愉快な奴らなのに、
さっき連れられてきたあの男はふらふらとして弱そうで、陰気臭くて、にこりともしやしない。


「うーん、ウーマロにはそう思えるかもしれないクポ」

モグは、ウーマロ特製のフルーツ盛りに手を伸ばしながらいぶかしむ子分を諌めた。

「ロックはボクが初めてナルシェの炭鉱で会った時、
 大勢に囲まれた中でもたった一人でティナを守るために戦おうとしていたクポ。
 今は訳があって静かにしているけど、あの人は絶対に諦めない、勇気のある男クポよ」

「……ウー。ゆうき……?」
「……勇気……」

親分の評価に納得したようなしていないようなウーマロの隣で
所在無げにしていたゴゴが言葉の端を真似る。

おそらく意味は無いのだろうけれど。



ラウンジでたむろしていた面々は無事目的が果たされた安堵と歓喜で
はじめは酒盛りでも始めんばかりの勢いで盛り上がっていたが、
ようやく探し当てた当人の無言の後ろ姿にかける言葉が見つからず
こじんまりと茶を啜るにとどまっていた。


「ロック、疲れたろ」

見かねたマッシュが努めて明るい声でカップをかかげてみせる。

「あったかいのと冷たいの、どっちがいい?」
「いや、いい。悪いな、ありがと」

ロックは言葉少なに断ると、気遣う空気から逃げるようにぎくしゃくとラウンジを後にしていった。

「ロックのどかわいてないのか?おれもう桶で水のんだ、あの洞窟あつい」

不思議そうに見上げるガウにマッシュは苦笑して頭をくしゃくしゃと撫で回す。

「そういうわけじゃないんだが――やっぱりそれどころじゃないか」
「???」
「代わってやるわけにもいかんしの」

湯呑みから沸き立つ湯気をふうと泳がせながら、ストラゴス。
仲間づきあいの一番短い彼もまた、フェニックスの洞窟を訪れることになった経緯は
聞かされている。


「ワシぐらいの年まで生きればそんなこともあったもんだと
 あとあとゆっくり振り返れるんじゃろうが、今はまだそうも言っとられんしな。
 とは言え、ワシらに出来るのは結果を待つだけじゃ。歯痒いことじゃゾイ」


手元の茶菓子をガウに放ってやりながら、ストラゴスは目尻に刻まれた幾重もの皺をなぞる。
早速菓子にかぶりつくガウの様子に満足そうに頷くと、


「前に進める結果だといいのう」

窓の向こう、星の見えない空に思いを馳せた。マッシュもつられて視線を向ける。

「……ああ」
「なんだ?ねがいごとか?」

二人の神妙な様子にガウも窓辺に張り付く。そんなところだ、とマッシュが小さく笑った。

夜は間もなく、一番闇の深い時間を迎える。



「セッツァー殿、手伝うことはあるでござるか?」
「ねえよ。俺一人で十分だ」
「そう言うと思って持ってきたでござる」
「おっ、気が利くねぇ」

エンジンルームで計器の点検をしていたセッツァーは目の前にぶら下げられた酒瓶に
切れ長の目をいよいよ細くした。

手持ち無沙汰に艇内をぶらぶらしていたカイエンが、
戻ってからも休みなくファルコンを走らせているセッツァーのことを思い出して
差し入れを持ってきたのだった。


「ロック殿、デッキの方に向かったようでござる。ああいう時は、何も話しかけられないでござるな」
「今構ったって面白くない反応しかしないだろ」

口を近づけてグラスが一つしかないことに気が付いたセッツァーはそのままカイエンに勧め、
自らは瓶を煽って琥珀の露を流し込んだ。
かたじけない、とカイエンも床に腰をおろしてグラスを傾ける。


「……どんな形でもいいから出会って欲しいものだ。それが、自分の道を照らす」

天井を見上げるカイエンの瞼に映るのは、永遠に別れて尚愛してやまない妻と子。
彼女らはかたちを失くしてもずっとそばにいてくれることを、カイエンは知っている。
興味なさげに鼻を鳴らす隣の男も、かたちを変え、
自らを乗せる翼となった友の夢を考えないわけではなかったが
湿っぽいのは御免だとばかりに意地悪く口の端を上げた。


「なんなら賭けるか?あいつの望みが叶うのかどうか」
「セッツァー殿!不謹慎でござる」
「いやいや別に俺達までしんみりする必要ないだろうよ。例えばの話だって」

場違いな提案を咎められひょいと肩をすくめるセッツァーに
カイエンは吊り上げかけた眉を収めるとしばらく思案して豊かな口ひげを撫でつけた。


「では拙者は、ロック殿は何があっても強く生きていくことに賭けるでござるよ」
「……それ、賭けにならなくないか」



シャドウはいつも通りさっさと自分の部屋に戻り、就寝の身支度をしていた。
続けて入ってきたインターセプターの首を叩いて労い、ベッドに潜り込む。


自分の都合で見捨て死なせた人間に縛られる男の末路など、知りたくもない。
第一亡霊を呼び起こすことに何の意味がある?欲しいのは許しか?謗りか?
そして一体そこに何が残る?求めている答えが得られるとは――

「……くだらん」

毛布を頭まで引き上げ背を向ける主人に、インターセプターがくん、と鳴いた。



「変なの」

愛らしい丸みのある頬をぷうと膨らませて、リルム。

「どうしたんだい、小さなレディ」

なだめるようにエドガーが笑いかける。

「だってさ」

少女のご機嫌はずいぶん斜めだ。

「あたしたちのこと後回しにしてまで、あいつあの宝物を探してたんでしょ?
 やっとそれを手に入れたっていうのに、なんでもっと嬉しそうにしないんだろ」


一年以上ぶりにようやく再会を果たせたというのに、
当のロックはそれを喜ぶでもなくさっきから独り黄昏てばかり。
そうしている理由はリルムだって聞いているけれど、
それならそれで本命を手に入れたなりの表現を見せてくれなければ
あんなひどい場所にまで捜しに行った自分達が馬鹿みたいではないか。


「まったくもって君の言う通りだ。いっぺんに二つ以上考えられないのはあいつの悪い癖だな」

エドガーはリルムの意見にしみじみと同意してみせ、
それから内緒話をするように声のトーンを少し落とした。


「ただ、今回ばかりは私に免じて大目にみてやってくれないか」
「なんで」
「そうだな……敢えて言えば『時間』、かな」
「時間?」
「心に傷を負った人間が悲しみを乗り越えるには時間が要る。
 それは優しいものでも難しいものでもあって、
 あいつは今、その難しい方の『時間』と向き合おうとしているんだ」

「何それ、わけわかんないよ」

ますます不満顔になるリルムに苦笑してみせると、
エドガーは丁寧に膝を折って彼女の瞳を覗き込んだ。


「君が大人になる頃にはきっとわかる時がくるよ、リルム」

真っすぐに向けられた瞳の青はどこまでも透明で
穏やかな微笑でありながらどこか寂しげに瞬き、
リルムは自分にはまだこんな色は作れそうにないと、それ以上口を開くことをやめた。


「そうは言っても放りっぱなしも仲間としていかがなものだよな」

エドガーは独り言のようにつぶやくと、甲板に出る階段に足を向けた。



デッキの端っこで風になぶられるままに、ロックはぼんやりと立ち尽くしていた。

「コーリンゲンまであと15分程度だそうだ。本当に速い船だな、ファルコンは」

放っておいたら塵のようにさらさらと吹き崩れそうな背中に
エドガーは出入り口から声をかける。返事は無い。


「食事は?」

ロックが黙って首を振る。

「少しは横になったのか。あの洞窟ではほとんど休まる暇などなかったのだろう」

それでも首を振るロックに、「だろうと思った」と持ってきたマグカップを半ば無理やり押し付けた。
ロックは手の中のカップに口をつけることもなく
躍り出ては風と消える湯気の行方を無感情に映しながらぽつりと口を開いた。


「今寝たら、全部夢みたいに消えちまうんじゃないかと思って」
「そうか」

エドガーは隣に並び、眼下の風景を見下ろした。
長い街道の上空にいるのか、家々の明かりはまるで見えない。
見渡す限りの、重い闇色。

「俺、怖いんだ」

エドガーの方を見ず、ロックは抱えた肘を手すりに乗せ、顎をうずめる。

「これから何かが起こるのが怖いのか、何も起こらないのが怖いのか。
 わからねえけど…なんでだろうな。
 何年も追いかけて、ずっとずっとやり遂げたいことだったはずなのに」

「真実と向き合うのは誰だって怖いさ。長く目をつぶっていたなら、なおさらな」
「……真実、か」

言葉の意味を、噛みしめるように。
懐の魔石、そこに深く刻まれたひびの跡に指を這わせ、ロックは再び口を閉ざした。
空ろに開かれた瞳が見ているのは過去か、未来か。
エンジンの無機質な機械音が時を刻む。

「ま、せめて顔と手ぐらい洗ってから行けよ。
 汚い格好のままレディに会いに行くなんて失礼の極みだ」


冗談めかして背を叩き、離しかけたエドガーの手はロックの両肩を掴む。

「いいか、一言だけ言っておく」






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■あなたに、ほんとうのことを。前編■

敢えてロックの内面を入れないフェニックスイベントSSです。
カップリング要素もないので本当に誰得なんですが。
イベントそのものでは全く出なかったメンバーそれぞれがイベントの外で
どう思っていたのか、裏側を覗きたい気持ちで書きました。


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