日暮れ色に笑う    4   
――――――――――――――――――――――――
4.



その日、フィガロ城は朝からいやに慌しかった。

館長もまた突如降って湧いた山のような資料の準備に追われ
柄にもなくばたばたと走り回っていた。
館内はまださほどでもないが、外に出ると伝令の兵士が早足で往復し、
普段急ぐ姿など見たこともない文官達までもがせわしなく行き交っている。

城全体がそわそわと落ち着きをなくす中、その空気に当てられたように
きょろきょろと周りを見回しながらロックがいつも通り入館してきた。


「随分忙しそうだな」

風来坊はこういう時気楽でいいものだ、と今日ばかりは彼が恨めしい。

「来週ここで帝国の代表者と会食することになったのだ。
 今日いきなり知らせが来たんだ、まったくこんな時期に……」

「……帝国の……?」

ため息交じりに去ろうとした館長は袖を強く掴まれ書類を落としかけた。
これ以上は勘弁してくれとばかりに嫌々振り向くと、
ロックのこれまでになく険しい視線に射抜かれる。


「……何故だ?」
「知らなかったか?」

刺されんばかりの気配に気押されつつ、てっきり知っているとばかり思っていた館長は首をひねる。

「わが国と帝国は同盟を結んでおるからな。
 コーリンゲンのこともあるし皆は断るべきだと申し上げたのだが
 エドガー様がどうしてもと言って受諾されたそうだ。どれ、私はもう行くぞ」


動きを止めるロックを気にかける余裕は今日はなく、
乱れた書類をおおざっぱに抱えなおすと館長はあたふたと図書館を後にした。


「…んん?」

が、途中で背後からロックに音もなく追い抜かれる。
開館中は取り憑かれたように調べ物に没頭している男が、珍しい。
そういえば彼がおかしな行動をとったらすぐ報告するようにと
彼が来るようになってすぐ大臣から言われていたが、
今更この男に限ってという気もするしこれは果たしてそういうことにあたるのどうか、
自らの仕事で文字通り手一杯の館長に結論づけることはできなかった。




城内の会議室では、重役達が多数集まり卓を囲んで会議を執り行っていた。
帝国からの急な会談の申し出に、政治的段取りやら手配など話し合う内容は尽きない。
会議は粛々と進んでいたが、一人の男がひょいと入ってきたことにより一瞬静まり返り、
ざわつき始める。ロックだ。


「ごめん、ちょっと」

普段と全く変わらない口ぶりに、いくら彼でもこんなに堂々と
上層の会議へ立ち入りはしないだろうと誰もが呆気にとられ、制止の手は一瞬遅れた。
その隙にロックはするすると中央に進んでいく。


「構わん、通せ」

騒ぎ始める入り口にエドガーは短く指示を出し、内心苦々しく舌打ちした。
やはりここまで来たか。
彼の心を不必要に乱すまいと後回しにし続けたツケだ。
朝一番に知らせが入った時点で真っ先によぎった事態だったが
君主としてまず対応すべきは国のことであり、部外者との個人的な時間はとれるはずもない。
これだけ城全体が騒がしければ話が伝わるのは時間の問題ではあった。
しかし所詮事実は事実、それだけならまだ致し方ないことではある。
後は、最後の引き金を誰かが引きさえしなければ。
エドガーは一度きつく目を閉じると静かに立ち上がった。


エドガーの近くまで迫ってもロックは歩みを緩めない。
いつもの飄々とした表情の奥でただ一点、笑っているようにも見える瞳に映り込む、哀しみと憎悪。


「聞いてくれ、ロッ――」

その瞬間、ロックは無言でエドガーの胸倉を掴むと、きつく握りしめた拳でその頬を殴りつけた。
鈍い音と共にエドガーは床に倒れ、室内には悲鳴と怒号が飛び交う。
ロックはすぐさま取り押さえられたが、喚きながら尚もエドガーに掴みかかろうとする。


「てめえ、嗤ってやがったのかよ!」

めちゃくちゃに腕を振り回す。

「コーリンゲンのこと、レイチェルが、レイチェルがっ……死んだこと、
 俺から聞き出して、わざわざ見に行って、同情する振りしてざまあみろって思ってたのかよ!」

「ロック、それは違う。私は」
「違うもんか!同盟結んでるんだろ、帝国と。やっぱりあいつらと同じなんだろ!?
 壊れた村の見物は楽しかったか!?罪もない人達が死んでいくのは愉快だったか!?
 ……俺の話は、そんなに面白かったか……」


フラッシュバックする村の惨状。燃え朽ちる家々、物言わぬレイチェル。
ロックは嗚咽を堪えきれずがくりと膝を突いた。


「貴様、何をしたかわかっているのか!」

しかしすぐに護衛兵につかみ上げられ、なすがままに殴り倒される。
エドガーは兵達を必死に宥めようとするが逆に押しとどめられ、ロックと引き離されてしまう。
激昂する群集に、声がかき消される。
駄目だ、駄目だ、あいつには何も言うな。
止めようともがく腕は何も掴めない。

「待ってくれ、ロックと話を……」
「その必要はありません!」

側近の一人が声を張り上げる。

「そいつを牢に入れろ!お離れ下さい、やはりこいつはスパイだったんだ!
 いや暗殺者か、エドガー様に害を為す帝国の手先めが!」


その言葉はいやに響き渡り、エドガーはぎりと歯噛みして天を仰ぐ。

「………スパイ…?帝国の……?」

ロックは涙を拭いもせず反芻した。
即座に突きつけられる幾つもの剣や槍もまるで見えていないかのようにふらり、立ち上がる。


「ああ、そういうこと」

周囲に緊張が走る中、空を切ったのは乾いた笑い声。

「お前の指示か」
「そうじゃな――」
「散々笑いものにされた挙句、しかもスパイ扱い。は、とんだ道化だな、俺は。
 なるほどね、王様自らほだしにかかって監視は城の人達を使ったってわけか。ご苦労なこって」

「そうじゃない!ロック、話を聞いてくれ」
「もういいよ、騒がせて悪かった」

エドガーに背を向け、ロックは窓際に向かって歩き出した。

「動くな!」
「よせ」
「エドガー様、しかし……」
「よせと言っている!」

兵士達が気色ばんだが、エドガーの鋭い制止に顔を見合わせてやむなく剣先を下ろす。
やがてロックが無言で窓から姿を消すと、
エドガーは頬よりもなお痛む胸を押さえ、椅子に深くもたれかかった。

騒ぎの張本人がいなくなっても、残された重い空気が払われることはなかった。



宿に戻ると腫れ上がった顔を見た女将にはたいそう驚かれたが、
ロックは長期滞在の礼を述べありったけのギルを払うとフィガロ城を後にした。
南に行けば、サウスフィガロへと続く洞窟が見えてくるはず。
先ほどの諍いで口の中を切ったのか血の味が滲みたが
ロックは極力何も考えないようにしながら歩を進めていった。


行く当てなどあるはずもない。しかし足は東フィガロの国境に向けられていた。
あの辺りは何度か行ったことがあるので地形はわかる。
エドガーの言った通りにするのは気に入らなかったが、
集団が居を構えられる場所は、だいたい見当がつく。


コルツ山の向こう。
反帝国組織。

今はただ、帝国に抱くありったけの感情をぶつけられる場所が欲しかった。
城の向こうから吹き付ける風は、カサカサに乾ききっていた。





<Prev                                  >Next
――――――――――――――――――――――――

■日暮れ色に笑う:4■

いろいろと「?」な部分がありますがその辺は目をつぶってご覧下さい。
ロックの名誉のためにフォローを入れておくと、彼は同盟のこと自体は
知っています。ただちょっとメンタルがデリケートなだけです。
次回はその辺のお話、エドガーはしばしお休み。

MainTop

【途中で戻る時はブラウザの「戻る」でお戻りください。】