日暮れ色に笑う      6 
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6.


「どうしてまたここへ?」

フィガロの謁見の間。
言い様のない戸惑いと嫌悪にぴりぴりと逆毛を立てる城内の空気を振り払うように、
国王エドガーは静かに問いかけた。

目の前には旅装束の青年。

「……いや」

しかし青年はうろうろと視線をさまよわせるだけ。
堂々と乗り込んできた割に、歯切れは悪い。



少し前。
不意の報告にエドガーは我が耳を疑った。
一週間ほど前城中を騒がせたあの男がこちらに向かっていると。

「追い返しますか?」

事情を知る故に困惑を隠せない見張り兵にその必要はない、とあげた片手を顎に当てる。
瞬時に考え得るあらゆる可能性に、どれも確信は持てない。
ただ意図はともかくロックが今一度自分に気持ちを傾けてくれている、
そのことにあの日以来鉛を呑んだ如く沈んでいたエドガーの心に小さな熱が灯った。




異様な緊張感の立ちこめる中、まだロックは口を開かなかった。
それは重い雰囲気に尻込みしたなどというものではなく、
単に言うべき言葉を持ち合わせてきていないようにすら見える。

居心地の悪そうに目を伏せてちらりと見やった見慣れぬ皮袋に
エドガーが目を留め持ち主と見比べる。


「それは?」
「いや、別に」
「関係ないものなのか」
「何でもないって」

曖昧に渋るロックに痺れを切らした近衛兵が不躾に睨み上げながらそれを拾い上げる。
ロックはわずかにためらいの表情を見せたがそれ以上は抵抗しなかった。


「これは……」

中から出てきたのは、種類ごとに分けられた薬草の束。かなりの量がある。

「コルツに行ってきたからついでに採ってきただけだ。
 要るならくれてやるつもりで来たけど、元気そうだな」


投げやりな物言い。
自ら尋ねてきたにもかかわらず要領を得ない態度に、彼を取り巻く空気はますます嫌悪に淀む。
苛立ちを募らせる周囲を制してエドガーは続きを視線で促す。


「……悪かったよ」

長い沈黙の後、視線を床に落としたままロックがぼそぼそと言葉を紡いだ。

「同盟のこと、俺のこと騙すつもりで黙ってたんじゃないんだろ。
 俺だって知らなかったわけじゃなかったんだ、でも帝国の動きを受け入れたって聞いただけで
 頭に血が上っちまって。
 出先で……ちょっと、聞いたんだよ。この前の会談で何かあるとかないとか……
 だから、そうだったら……ああ、くそっ!うまく言えねえ」

「……」

己の支離滅裂さに頭を掻き毟るロック、床に広げられた数々の薬草。
エドガーは思案する。
確かに父王崩御にまつわる疑惑の話などはした。
会談での良からぬ噂も耳に入ったかもしれない。
また詳しいわけではないが、コルツ山には毒を持つ魔物が多く生息している環境故か
採取できる薬草の中には耐性や解毒に効果をあらわすものも多いと聞いたことがある。
だが城を離れたあの日から今までの間に霊峰を往復してくるだけでも相当な速さがいるだろうに、
しかもロックはこれだけの種類・量の薬草を集めてきた。


彼は急いだ?
何の……誰の、ために?
……。
――だとしても。

帝国にレイチェルを奪われたロックと、結果的にその傷をさらに踏み躙る真似をしたエドガー。
二人を再び結ぶ線はどうしても繋がらなかった。
否、一つの仮説が胸の裏側を叩いていたがエドガーにはそれを口にする資格が無いと思っている。

ロックに視線を戻す。指先までこびりついて干からびた泥やいくつもの小さな傷、
衣服に紛れる千切れた植物の端。登城はおろか街を歩くことさえ憚られるようないでたちのもと、
のぞく瞳は頼りなげではあったが一つの信念を秘めているように見えた。

あの日ついた痛みの跡は殆ど癒えている、それはエドガーも同じ。

「君が私個人に対する誤解を解いてくれたことはわかった。
 むしろ帝国の被害者である君に対して我々が向けた目を思えば
 こちらが詫びなければならないところだ。
 だが……一つ聞かせて欲しい。何故ここへ戻ってきた?
 仇である帝国に与して君を侮辱するような真似をした私やこの国を敵として憎み、
 君はフィガロを去った。例え君が非を感じることがあっても
 わざわざここに舞い戻る必要は無いはず。……何故?」

「何故って」

問われて初めてロックはうつむき加減に答えを探す。
やがて彼にとって一番しっくりくる言葉を、ぽつりと。

「……友達だし」

並べられた単語の意味に、周りにはいよいよ気配を尖らせた大臣や近衛兵達。
エドガーは目を閉じて長すぎるぐらいの深呼吸を一つし、全員の顔を見渡すと咳払いした。


「わかった。こうしてわざわざ尋ねてくれた君の気持ちは敬意をもって受け取っておく。
 だがそれはそれ。君がフィガロの国王に傷を負わせた重罪人であることには変わりはない。
 ……皆の者。この男が以前私にはたらいた狼藉は誰もが知っている通りだ。
 あの時は逃がしてしまったが張本人がこうして戻ってきた以上、
 相応の罰は受けてもらわねばならない。
 ロック・コール。覚悟の上なのだろうな」

「……ああ」

反論も抵抗もせず、ロックは静かに瞼を閉じた。

こつ、こつ。
エドガーの靴音が響く。

ここに来るまで、その足を、心を、疑わなかったんだろうか。
あれだけのことをしておいて、謁見を拒否されることも途中で斬り捨てられるかもしれないことを
考えなかったんだろうか。

秘めた志も半ばだというのに。

こつ、こつ。

馬鹿の極みだ、と軽蔑に近い感情さえ抱く。
ただ一人のために溢れるほど心を注ぎ、理不尽さには声を上げて怒り、
喚き、憚ることなく弱みを晒す。

自分には許されない隙だらけの生き方。
馬鹿で、不器用で、……真っすぐで。
まぶしいくらいに。

こつ、こつ、こつ。
足音が止まる。

水の底のように静まり返る城内。
すう、と息を吸うエドガーに向けられる全ての視線。


バキッ!
「いっ……!!」


嫌な音がして、ロックが床に転がった。
ロックの顔のあった位置には、強く結ばれたエドガーの拳。
王のぬるい温情、あるいは別の何かを予測していた臣下達は予期せぬ行動に声を失った。


「ふむ、あまりスカッとするものでもないんだな」

赤く痺れる拳をまじまじと見つめると、エドガーはやけに晴れ晴れとした顔で声を張り上げた。

「見たか、皆の者!これがこの男への罰だ。国王直々に手を下すなど、
 これ以上の厳罰はあるまい!」


そのまま高潮した面持ちで、うずくまったままのロックに語りかける。

「すまん、加減がきかなかった。人を殴るのは初めてなんだ。だがこれでおあいこだな」
「お前……」

エドガーは手を差し伸べてロックを立たせると、強く肩を抱いた。

「まさかまたお前に会えるなんて思ってもみなかった」
「エドガー」
「……すまなかった」
「よせよ、もう済んだ……いや、今のは結構痛かったぞ」
「何を言う。最初に殴られたのは俺だ、無抵抗だった俺の方が痛い」
「嘘つけ、あの時お前ちょっと殴られるかもって顔してたじゃねえか。それに元はと言えばお前が」
「話も聞かず勝手な解釈で暴走したのは誰だ」
「だから」
「……クッ」

困惑する周囲をよそに、旅人と国王はどちらからともなく吹き出し、互いの肩を叩きあった。
ひとしきり笑うと、エドガーは困り顔の臣下たちをぐるりと見渡した。


「この件はこれで終わりだ。さあ、今日は私の友が訪ねに来てくれている。
 西の小塔、あそこに一席設けてくれるか」






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■日暮れ色に笑う:6■

第5話と第6話の間に何か話があるような感じになってしまいましたが
残念ながらそんなことはありませんでしたすみません。
次回でいよいよラストです!

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