日暮れ色に笑う       7
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エピローグ.


砂で煙る地平線に融けゆく夕日を眺めながら
ロックとエドガーは卓を囲んで質素な宴を開いていた。


「じゃあ、何かされたわけじゃなかったのか」
「当然だ。俺が黙ってされるがままになるとでも思っていたのか。
 お前のことを差し置いてもコーリンゲンの件はどうしても対面で抗議したくてな、
 都合が良かったんだ。
 安心しろ、何を企んでいたかは知らんが当分あの近辺に帝国は近づかせん」


ふんと胸を張るエドガーに、ロックは腫れ上がった頬をつついて顔をしかめてみせる。

「……あ〜、そんな可愛げのある奴じゃなかったな。
 少しでも気にした俺のほうがよっぽど可愛い」

「そうだな、正門から来るあたりついに足を洗ったのかと思った」
「だから泥棒じゃないっつうの。着いたのがたまたまあの時間だっただけだ」
「夜まで待てば良かったじゃないか、俺にさえ会えれば済む用事なんだから」
「それで万一手遅れになったら寝覚めが悪いだろうが」

……もう嫌なんだ、間に合わないのは。

風に乗って運ばれていくかすかな呟きに片眉を上げつつ、
確かにそれは俺も浮かばれんな、とエドガーは人懐こく笑った。


「リターナー、行って来たのか」
「う〜ん、何とも言えねえ。何にせよもう一回ぐらいは行くかもな。
 ま、利用できそうならそうするまでさ」

「そうか。まだ、時期じゃなさそうだな」
「ふーん?……ま、何事も無かったんなら何よりだ。俺の苦労を返せ」
「この酒宴代で相殺だ」
「金取る気だったのかよ!」
「タダ飯は主義じゃないんだろう」

掴みかからん勢いのロックに、エドガーはくっくっと喉の奥で笑って返した。
色々あったが、年下のこの風変わりな友人とはどうあがいても縁が切れる気がしない。


昼間の熱気を含んだ風が強く吹き付ける。

「これからどうするんだ」
「さぁな」

自虐の色をわずかに滲ませて、ロックはいつか見せた目を地平線に向けた。

「歩きながら考えるさ」

自分に言い聞かせるように、小さく笑う。
砂漠に落ちた一粒の真珠のような願い、レイチェルの目覚め。
彼はこれから一体どこへ流離うのだろう。
伝説という名のわずかな可能性に賭けたその選択に、自分が口出しする筋合いはない。
ただ、一人の友として見届けてみたい気はする。
あれだけ他人に心を投げ出せる男がどんな道をたどりゆくのか。
今のエドガーにできることは、せいぜい無事を祈り再会を約束するくらいだ。

「まあ頑張れよ、それからあまり無理はするな。お前はすぐカッとなるから」
「うるせえな」
「それとたまには顔を出しに来い。
 お前の手伝いはしてやれんが寝床くらいは用意しておいてやる」

「お客さん扱いじゃねえか。そんなことして後で騒ぎになったら今度こそ来ないぞ」
「あれだけやったんだ、お前のことをどうこう思う奴はもういまいよ」
「そうかい、ま、お前も元気でやってろよ。
 旅先でお前の変なニュースでも耳にしたら腹抱えて笑ってやるからな」

「お前こそ、どこかでのたれ死ぬなら俺宛てに詫び状でも残してからにしてくれ」

西から吹きつける風は頬を打ち、胸の内に確かなものを刻んでいく。
燃えるような日暮れ色の中、不敵な笑みを交わし二人は無言でグラスを合わせた。
この奇妙な縁と、それぞれに待ち受ける未知の運命に。



〈END〉





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■日暮れ色に笑う:7■

「日暮れ色」全7話、ここまでご覧下さってありがとうございました。
いち旅人であるロックがなんで国王様と仲が良いのか、顔パスで城に
入れるのか、周りの人達もツッ込まないのか、ずっと興味を持っていました。
ロックはとっつきやすい人柄の一方で意外と距離のある付き合い方をする
感じがあるし、エドガーは言わずもがな「俺の全てをさらけ出すぜ!
だからお前も話聞かせろ」という星の下には生まれていません。

では何故、という疑問に対して私が書きたかったのは
公衆の面前でのガチ殴り合いでした。ここはどうしても外せなかった!
(時間差はありましたけれども)
お互い出会ってすぐ心の裏側をちょっと覗いて、何となく親近感をもって、
後ろめたい気持ちを抱く出来事があって、たまったわだかまりは痛み分けで両者ドロー。
どっちかじゃなくてどっちもっていうところに重点置きました。
貸しっぱなし借りっぱなしは二人とも好きじゃなさそうだし。

その殴り合いの映像から始まって話として纏まってくるまで2年ぐらいかかり、
しかもあまりの真面目展開故になかなかサイトに上げる勇気がないままいたんですが、
ここまでできたんだしアップしてやったろうじゃないのーと腹を括ったことで
逆にちゃんと完結まで書き切れたので良かったです。
実は後でエドガーの右手小指骨折が判明、全治一カ月とかだったらおいしいなあ。


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